samuraiのがらくた置き場

色々書き綴った『変な』文章を陳列中! ※主にMuv-Luv2次創作SS。 そのうち別のジャンルも(予定)

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大和撫子・マルタ島戦記 5話

大和撫子・地中海戦記


1942821030 エジプト王国 アレキサンドリア軍港沖 15海里

 

 

強烈な東地中海の陽光が海面を照らしている。 艦橋から海面を眩しそうに見つめていた美薗大輔海軍予備大尉は、視線を前方へと移した。 アレキサンドリアから出港したAM18B船団は、第5護衛船団司令部(司令官:佐藤波蔵少将)が座乗する船団旗艦の軽巡『鹿島』(練習巡から対空・対潜・通信機能を強化改装)を先頭に、TL型戦時標準油槽船・戦時標準輸送船など20隻が見事な2列縦列で航行していた。

 

「艦長。 信号旗『両舷原速』!」

 

「りょーかぁーい。 機関、両舷原速」

 

「両舷原速、よーそろー」

 

艦橋配備の下士官が、速度指示器(エンジン・テレグラフ)の手前の取手を『原速』へと持ってゆく。 これは同時に機関指揮所にも同じものが有り、両者は互いにリンクしている。 やがてリン、リンと鳴る音と共に、奥の取手が手前の取手に追従する。 機関指揮所で『両舷原速』を了解したと言う意味だ。

 

「しかし、贅沢な護衛です」

 

傍らの航海長の予備中尉が感嘆とも、苦笑とも取れる感想を呟いた。

 

「仕方ないさ、航海(航海長の海軍内の呼び方) この補給作戦は、何が何でも成功させにゃならんからな」

 

「そうですが・・・しかし、ウチ(第2護衛艦隊)だけじゃなく、遣欧艦隊丸ごと、護衛に張り付きますか・・・」

 

「それだけ、Uボートは手強いって事さ。 北アフリカや、シチリア島の独空軍、それにイタリア本土のイタリア艦隊もいるしな」

 

20隻のAM18B船団の周囲には、中小多数の護衛艦がぐるりと取り囲むように張り付いていた。 海上護衛総隊から、地中海の海上護衛作戦に派遣されている、遣欧第2護衛艦隊だ。 艦隊旗艦は軽巡『鹿島』

 

今回は麾下の護衛艦艇、その殆ど全てを投入していた。 軽巡『鬼怒』を旗艦とし、客船改造護衛空母『天鷹(浅間丸)』、『祥鷹(龍田丸)』、『瑞鷹(秩父丸)』、松型護衛駆逐艦4隻、甲型海防艦6隻、丙型海防艦12隻の26隻からなる第201護衛戦隊(司令官:久宗米次郎少将)

 

同じく軽巡『由良』を旗艦とし、商船改造護衛空母『翔鷹(日枝丸)』、『鳳鷹(平安丸)』、『白鷹(氷川丸)』、松型護衛駆逐艦4隻、甲型海防艦6隻、丁型海防艦12隻の26隻からなる第202護衛戦隊(司令官:渡辺清七少将) 

 

統合指揮は第5護衛船団司令官を兼務する、第2護衛艦隊司令官の佐藤波蔵少将が取る。

 

総数52隻の護衛艦が、8隻のTL型戦時標準油槽船と、12隻のA型戦時標準輸送船の周囲をぐるりと取り囲んでいる。 その中の1隻、第202護衛戦隊第221護衛隊所属の第88号海防艦(第2号型:丙型海防艦)の海防艦長が、美薗大輔予備大尉だった。

 

美薗大尉は階級呼称のその『予備』から判る様に、海軍予備員(予備役では無く、予備将校)で、官立神戸高等商船学校航海科第20期卒業である。 海の世界に憧れ、実家の神戸に近い神戸高船に入校し、昭和10年(1935年)日本郵船に入社した。 

同時に卒業後、海軍予備少尉に任官する。 これは日本の海軍予備員制度より、官立高等商船学校(東京/神戸の2校)の生徒は入学と同時に、自動的に海軍予備生徒となり、卒業後は海軍予備員たる予備将校となるものだ。

 

高船卒業後、暫くの間は、太平洋航路・欧州航路の客船に乗船勤務をしていた。 しかし欧州で戦火の風雲が立ち込める昭和14年(1939年)、予備員応集を受け、そのまま『海軍に拉致された(本人談)』

 

26歳の海軍予備中尉として海軍勤務を開始し、昭和17年(1942年)現在、地中海で海上護衛の任に当たる、29歳の海軍予備大尉の海防艦長(駆逐艦や海防艦は、『軍艦』では無い為に、『駆逐艦長』、『海防艦長』と呼ぶ)である。

 

「まあ、クレタ島が陥落すれば、敵さんにとっては喉の奥の小骨が取れて、北アフリカへの補給路が安泰と・・・」

 

「こっちは地中海で、西と東に寸断される」

 

「だからですか。 英軍も我々に負けず劣らず、強力な護衛部隊を貼りつかせているのは・・・」

 

作戦名『ペデスタル』―――危機に瀕しているクレタ島への兵站作戦である。 英国本土、スエズ方面の2方向から、日英両軍が同時に補給部隊を強力な護衛部隊と共に、クレタ島へ運ぶ。 作戦開始は、クレタ島陥落想定の『Xデイ』1か月前の今日、194282日。 大きく分けて、英海軍の『F部隊(ネヴィル・サイフレット中将指揮)』と、日本海軍の『J部隊(小澤治三郎中将指揮)』に分かれる。

 

このうち、英本土とその周辺から出撃する『F部隊』は、サイフレット中将直率の船団支援艦隊として『Z部隊』が編成されている。 戦艦『ネルソン』、『ロドネイ』 空母『イーグル』、『ヴィクトリアス』、『インドミタブル』、『フューリアス』、『アーガス』 軽巡『フィービ』、『シリアス』、『カリブディス』に駆逐艦15隻。 そして船団直衛艦隊の『X部隊(ハロルド・バロー少将指揮)』は、軽巡『ナイジェリア』、『ケニア』、『マンチェスター』、『カイロ』と、駆逐艦11隻からなる。 合計40隻からなる護衛部隊だ。

 

これに『WS21S船団』として、『エンパイア・ホープ』、『ワイランギ』、『ワイマラマ』、『メルボルン・スター』、『ブリズベン・スター』、『ドーセット』、『グレノーキー』、『ポート・チャルマース』、『ロチェスター・キャッスル』、『デューカリオン』、『クラン・ファーガソン』、『サンタ・エリザ』、『アルメリア・ライクス』、『オハイオ』の、合計14隻の輸送船・タンカーから構成される。

 

中でも『オハイオ』は、地中海兵站体制の切り札的存在である、世界最大の石油タンカーだった。 Xデイ以前に到着しうる最後の補給船団であり、この船団が失敗した場合には、マルタ島は降服を余儀なくされる事は自明のことであった。

 

 

地中海の反対側、アレキサンドリアからマルタ島を目指すのは、日本海軍遣欧艦隊が守る『AM18B船団』である。 戦時標準大型油槽船『しまね丸』、『大滝山丸』、『山汐丸』、『千種丸』、『興川丸』、『旭邦丸』、『ニ洋丸』、『八紘丸』の8隻のタンカーの他、同じく戦時標準のA型(1A2A型)戦時標準輸送船12隻から構成される、20隻の大型船団である。 これを直接護衛するのは、前述した第5護衛船団・第2護衛艦隊司令官の佐藤波蔵少将が率いる、中小52隻の護衛艦艇。 海上護衛総隊の遣欧部隊、その全力だった。

 

そして日本海軍の護衛部隊の主力は遣欧艦隊司令長官・小澤治三郎中将が直率する、水上砲戦部隊の第3艦隊『W部隊』だ。 第5戦隊の戦艦『比叡』、『霧島』 第7戦隊の重巡『最上』、『三隈』、『鈴谷』、『熊野』 第18戦隊の軽巡『天龍』、『龍田』 そして第6水雷戦隊の軽巡『夕張』と2個駆逐隊(第19駆逐隊:駆逐艦『追風』、『疾風』、『朝凪』、『夕凪』 第20駆逐隊:駆逐艦『睦月』、『如月』、『弥生』、『望月』)の17

 

さらには制空権確保・敵艦隊への航空攻撃任務の、第2航空艦隊『V部隊』(司令長官:角田覚治少将)が後方を進む。 2航艦は第2航空戦隊(司令官:山口多門少将)の空母『飛龍』、『蒼龍』(付属は第23駆逐隊の駆逐艦3隻)、第4航空戦隊(角田覚治少将直率)の空母『飛鷹』、『準鷹』(付属は第2駆逐隊の駆逐艦2隻)を主力とする。 

これに第4戦隊の『金剛』、『榛名』 第9戦隊の重巡『利根』、『筑摩』 第16戦隊の軽巡『長良』、『球磨』 第5水雷戦隊の軽巡『名取』と2個駆逐隊(第5駆逐隊:駆逐艦『朝風』、『春風』、『松風』、『旗風』 第22駆逐隊:駆逐艦『皐月』、『水無月』、『文月』、『長月』)の24隻。

 

遣欧艦隊、総数41隻の全力出撃である。

 

なお、艦隊司令長官は中将をもって親補するのが、日本帝国海軍の習わしである。 が、第2航空艦隊司令長官職は、角田少将が中将進級5分前と言う事もあり、特例的に少将で司令長官に補されていた。

 

「マルタ島は死守しなきゃならない。 日英軍共通の認識だ。 それにまあ、なんだ・・・あの島には、俺の従妹が居てな・・・」

 

艦長の何気ない一言に、航海長が一瞬の間をおいて後、驚くように言った。

 

「・・・艦長の従妹さんですか? そりゃまた、どうして、あの島に・・・?」

 

「ああ、うん・・・つまりな、空軍なんだ、俺の従妹は。 まったく、昔からじゃじゃ馬でな。 女だてらに、今じゃ空軍予備少尉で、戦闘機乗りをしているよ」

 

「空軍!? それも戦闘機って・・・まさか、マルタ島の空軍分遣隊ですか!?」

 

「ああ・・・」

 

何とも言えぬ艦長の表情に、どう突っ込めばいいのか判らない航海長。 まさか、地中海戦線の最激戦地・マルタ島の防空を担う日本空軍遣欧航空兵団・クレタ分遣隊とは・・・

 

「ず・・・随分と勇ましい・・・『今巴御前』ですねぇ・・・」

 

「なぁに・・・ただのじゃじゃ馬さ・・・」

 

 

そろそろ波が立ってきた。 だが太平洋や、ましてやインド洋の様な凶悪な波濤では無い。 地中海は潮位差が小さいことが知られている。 基準排水量740トン、全長69.5mの小艦でも、まだ余り気にならない。 第88号海防艦は、『丁型海防艦』だ。 

丁型海防艦は、丙型海防艦とは姉妹型と言える小型護衛艦で、大量建造された艦種だ。 『松型』駆逐艦と共に大量建造されて、日本海軍海上護衛総隊の他、英国海軍へも供与されている。 

丙型と丁型の違いは、丙型がディーゼル機関搭載で、丁型がタービン機関搭載。 排水量はほぼ同じで、丁型が全長で2mほど長い程度だ。 

 

兵装は十年式四五口径十二糎高角砲を改良した、九〇式四五口径十二糎高角砲を単装22門。 英国から供与された(その後、スウェーデン王国からライセンス権を購入した)ボフォース40mmの国産化、九九式四〇粍機関砲を連装3基、九六式二十五粍機銃を単装4基と、このクラスの護衛艦としてはかなりの重武装だ。 

他に三式爆雷投射機12基、爆雷投下軌条1基、爆雷120個、そしてこれも英国から供与された対潜迫撃砲である『ヘッジホッグ』を両舷に1基ずつ装備している。

 

対空・対潜能力に特化した小型護衛艦。 その代わりに対艦攻撃力は背筋が凍る程度しかない。 精々が浮上航行中の潜水艦と撃ち合える程度だ。

 

「さて・・・航海、舵任す。 後(海図室)に居るからな」

 

「長丁場ですしね、了解です」

 

こうした小型艦の艦長の場合、航海中はほとんど艦長室での休息や睡眠はとらない。 精々が艦橋の後ろの海図室のソファに横になって仮眠をとる程度だ。 それは航海長も変わらない。 

 

 

 

 

 

1942811日 0650 バレアレス諸島マジョルカ島・サリナス岬 南方70海里 西部地中海

 

 

「―――ッ! 雷跡!」

 

見張り員の、その発見は報われなかった。 この日の早朝、西地中海を作戦行動中の『Z部隊』所属の英空母『イーグル』は、ドイツ海軍のVIIB型潜水艦『U-73』の攻撃を受け、魚雷命中4本を被雷。 沈没する。

乗員の多くは護衛の艦艇に救助されたが、『イーグル』の沈没により、船団は対空戦力の4分の1を失った。 残る空母は『ヴィクトリアス』、『インドミタブル』、『アーガス』の3隻。 空母『フューリアス』、は『ベローズ作戦』を担当している(37機のスピットファイアを、584海里の距離で発進させる役目を担っていた)

 

 

 

 

 

1942811日 0705 クレタ島南方60海里 東地中海

 

 

「―――敵機、直上、3機! 急降下ッ!」

 

「とぉーりかーじ、いっぱーいッ!」

 

「とぉーりかーじ、いっぱーいッ、ヨーソローッ!」

 

艦首と艦尾に配置されている、単装2基の九〇式四五口径十二糎(12.7センチ)高角砲が、毎分18発/秒の発射速度で、12.7cm砲弾を発射し続けている。 この高角砲はそれまでの十年式四五口径十二糎高角砲を大幅に改良し、採用競争で制式採用を勝ち取った。

旋回速度10.5/秒、俯仰速度16/秒、発射速度18/分の性能は、米海軍のMk.12 5インチ砲や英海軍の13.3cm両用砲に匹敵する性能だ。

 

「左舷8時、雷撃機! 3機!」

 

左舷から雷撃機―――元は重双発戦闘機だった、Me410BB-7)だ。 ダイムラー・ベンツDB 603A 液冷式V12気筒・1750HP2基搭載し、最大速度625km/h。 爆弾/魚雷搭載量1トンと言う、規格外の雷撃機だ。

 

40mm! 1番、3番、狙え!」

 

「直上! 敵機、投弾!」

 

癇に障るダイヴ・ブレーキの音を残して、ドイツ空軍のJu-87爆撃機が胴体下の爆弾を投下し、引き起こしに入っている―――Ju-87Cだ、ドイツ海軍向けの艦載型が、どうしてクレタの空軍に・・・は、どうでも良い。 問題は、あの爆弾が25番(250kg爆弾)ではなく、50番(500kg爆弾)だと言う事だ。 もっとも海防艦など、251発喰らっても、戦闘不能になりかねないが。

 

「とぉーりかぁーじ、そのままッ!」

 

「よーそろーッ!」

 

語尾の妙に間延びした操艦命令(日本海軍式だ)と違い、艦橋には戦闘の興奮と、被弾するかもしれぬ恐怖感とが混在していた。 艦首と艦尾の12.7センチ高角砲。 両舷と艦尾に配備された、3基の九九式四〇粍連装機関砲。 艦橋両舷と、後部射撃指揮所両舷に配備された4基の九六式二十五粍単装機銃は、全て全力射撃中だった。 お蔭で隣の者にさえ、大声で叫ばないと声が聞こえない。

 

艦橋が大きく傾き、艦が急回頭を始める。 わずか基準排水量740トン、全長69.5mの小艦だが、その分、舵の効きは早い。 やがてゾッとする落下音と共に、3発の爆弾が落ちた―――全て至近弾だ、海面に盛大な水柱が立った。

 

「ッ! 敵弾、左舷至近弾、2! 右舷1!」

 

「敵雷撃機3、魚雷投下した!」

 

「雷跡は!?」

 

「・・・ッ! 仁洋丸、大光丸に向かうッ!」

 

「ッ! 機関、増速! 86に伝えろ!『減速サレタシ』だ!」

 

「艦長ッ!」

 

「小艦2隻と、貴重な戦略物資満載の輸送船2隻! どっちを取るか!? あの2隻の士官連中は皆、同窓の先輩・後輩だ!」

 

このままでは、輸送船団後方の2隻が被雷する確率が高い。 艦長の美薗大尉は自艦の第88号海防艦と、前方を航行する僚艦の第86号海防艦の2隻で『壁』を作り、輸送船団に迫るドイツの魚雷を阻止しようと言うのだ―――己の命は捨てて。

 

「第86号海防艦より! 『我、減速中。 第88号、増速サレタシ』です!」

 

ふっと、美薗大尉は前方を航行する僚艦、第86号海防艦の海防艦長を思った―――東京高船出身のコレス(コレスポンド、同期生)だ。 そうだ、この輸送船団には、彼の先輩や後輩、そしてクラスメイトも商船士官として乗組んでいる。

護る者も、護られる者も、同じく高等商船学校出身者。 本チャン(江田島を含む、海軍3校出身者)には鼻持ちならぬ者も居るが、少なくともこの海には、高船出身者が主役を張っているのだ!

 

「―――艦長より総員。 すまん、靖国まで付き合ってくれ」

 

 

 

 

 

同刻 同海域 深度19.5m(潜望鏡深度) ドイツ海軍 『U-82

 

 

「・・・よし、護衛艦が外れた。 1番、2番、3番―――発射!」

 

 

 

 

 

前方で大音響がする。 大きな水柱が立っていた。

 

「第86号、左舷に被雷2!」

 

「雷跡1、本艦の艦首を通過しましたッ!」

 

「・・・くそぅ!」

 

間に合わなかった―――前方を行く僚艦は、守るべき対象の身代わりに、2本もの魚雷をその身に引き受けたと言うのに!

 

たちまち、艦中央から二つに折れて―――ジャック・ナイフだ―――轟沈する第86号海防艦。 そしてその間をすり抜けた魚雷は・・・

 

「仁洋丸、魚雷1、被雷!」

 

「電探室より! 右舷方向より新たな敵編隊! 戦爆連合4060海里!」

 

美薗大尉は、目が飛び出そうなほど周辺の海域を睨みつけていた。 度重なるドイツ空軍の波状攻撃。 それも先ほどは北アフリカからと思えば、今度はクレタ島。 そして次はまた北アフリカから・・・アレキサンドリア~マルタ島の航路は、北のクレタ島と南の北アフリカ沿岸、南北2か所のドイツ空軍基地から波状攻撃を受ける。 海上護衛総隊の乗組員からは、『靖国街道』と呼ばれていた。

 

「ッ! 後方に友軍編隊! 2航艦の戦闘機隊です! 機数50! 距離55海里!」

 

50機―――第2航空戦隊の空母は、2航戦隊の空母『飛龍』、『蒼龍』に4航戦の空母『飛鷹』、『準鷹』の4隻。 『飛龍』、『蒼龍』は艦戦18機、『飛鷹』、『準鷹』は艦戦12機が常用搭載機数だ。 合計60機、艦隊防空戦力の56を繰り出している。

しかし、これで右舷方向―――北のクレタ島からの敵編隊の空襲は、かなり弱まるだろう。 こちらにも護衛空母『天鷹』、『祥鷹』、『瑞鷹』、『翔鷹』、『鳳鷹』、『白鷹』の艦載機が有る。 例えそれが、1隻当り艦戦12機、対潜哨戒用に改造された九九式対潜哨戒機6機の18機しか搭載できない豆空母だとしてもだ。 6隻合計で72機の艦隊防空力が有る。 さっきの空襲は、発見が遅れて護衛の艦戦隊の発艦ができなかった。 だが6隻の護衛空母群は、全隻健在だ。 72機の直衛機に、2航戦の60機、合わせて132機の迎撃戦闘機隊が有れば・・・

 

「ッ! 左舷後方! 10時! 雷跡3! 船団に向かうッ!」

 

「何ッ!?」

 

 

 

 

 

10秒・・・5秒・・・321・・・命中!」

 

「メインタンク、注水! 深度80まで急速潜航!」

 

「スクリュー音、近づきます! 数3! 感4! 急速接近中!」

 

 

 

 

 

「大光丸、第二日祐丸、被雷!」

 

「戦隊司令部より! 『対潜戦闘始め!』です!」

 

「聴音より艦橋! 方位1-9-8、距離151500m)、深度40、敵潜1!」

 

「おーもかーじ、10! 進路1-8-0!」

 

既に輸送船2隻、護衛艦1隻が被雷。 輸送船1隻と護衛艦1隻が被弾した。 護衛艦1隻と輸送船2隻は轟沈、1隻も左舷に大きく傾いている。 だが、マルタ島への道のりは、まだまだ遠かった。

 

 


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大和撫子・マルタ島戦記 4話

大和撫子・地中海戦記


1942625日 1015 東地中海 日本帝国遣欧艦隊、空母『飛鷹』『準鷹』

 

 

2隻の空母の甲板上には、アイドリングを続ける戦闘機群が発艦を今や遅しと待っていた。 2隻合計で60機、但しその姿は日本帝国海軍の制式戦闘機、『零式艦上戦闘機33型(金星51型発動機搭載)』では無かった。 

機体は尖った機種、優美と言える機体のフォルム、国籍マークは蛇の目―――ラウンデルを描いている。 同盟国・英国空軍のスリットファイアMk. IX(マーリン60系エンジンへ換装)だった。 機数は36機。 他に日本空軍の三式戦『飛燕』が24機。

 

「久々の出撃が、英軍と空軍の戦闘機の輸送役とは・・・締まらん話ですな」

 

艦橋脇から甲板を見降ろしていた第4航空戦隊司令官・角田覚治少将は、傍らの参謀長の言葉にムスッとしながら頷いた。 『見敵必戦』タイプの猛将としては、事の重要性は理解するが、それでも不完全燃焼を意識せざるを得ない。

 

「・・・マルタ島は維持せなきゃならん。 じゃないと、多聞丸(山口多門少将、第2航空戦隊司令官)と我々で、地中海の敵さんを一手に背負う事になるからな」

 

日本海軍遣欧艦隊は、第2航空戦隊の空母『飛龍』、『蒼龍』と、第4航空戦隊の空母『飛鷹』『準鷹』を主力に、金剛型戦艦『金剛』、『榛名』と利根型重巡洋艦『利根』、『筑摩』を主力としていた。 艦隊司令官は重巡洋艦『鳥海』に将旗を掲げた小沢治三郎中将だった。 他に海上護衛艦隊も参加している。

 

そして現在、第4航空戦隊は英本土で積み込まれて、遠路はるばるケープ・ホーン周りでスエズに到着した英軍戦闘機と、インド洋を渡って来た空軍の補充戦闘機の『運び屋』として地中海に居る。 マルタ島近海から発進させて、マルタの防空力を強化する為だった。

 

やがて先頭の1機が、スルスルと滑走を始める。 艦の合成風力で十分な揚力を得たスピットファイアは、危なげなく発艦を完了した。 その姿を見ていた艦の誰もがホッとする。 今日は晴天、そして波も穏やか。 海軍の艦載機乗りならば、『恰好の発艦日和』と言った所だろう。

だが本来、空母からの発進など、その任務に含まれない日英両空軍の戦闘機パイロット達にとっては『危険極まりない』発進に違いなかった。 相次いで後続の戦闘機が発進して行く。 やがて10数分後、全機の発艦が完了した。 第4航空戦隊はこの後、一旦反転してアレキサンドリアへ向かう。

 

「おい、直援は?」

 

「発艦予定、1時間後」

 

航空参謀の言葉に、うむ、と頷いた角田司令官はまた、艦橋から彼方の海を見続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1942625日 1125 マルタ島東方海域上空。

 

 

『―――でも、アレですよね。 戦闘機の進出に、我々が護衛で出張って行くってのも、本末転倒無気がします』

 

小隊系通信から、4番機の藤林宗則二飛曹のぼやき声が聞こえた。 中学3年修了後に空軍少年飛行学校に入校し、2年の訓練期間を終えたばかりで配属になった18歳。 中隊では最年少の1人だった。

 

『―――仕方あんめぇ、ウチの連中は兎も角、英軍のパイロットは空輸部隊(ATA:空輸補助飛行隊)だ。 空戦なんかさせらんねぇよ』

 

3番機の高田上飛曹が苦笑交じりに返す。 ATAのパイロットは、民間のパイロットライセンスを所有する者達が『ボランティアーズ』として多く参加していた。 女性パイロットの比率も高い。

 

現在マルタ島の稼働戦闘機は、英軍のスピットファイアが6個中隊(定数72機)に対して、54%の39機。 日本空軍の三式戦は3個中隊(定数40機)に対して62%の25機と、かなり激減している。 但しパイロットは余っている。 機体だけが足りない。

そこで空母を使っての空輸作戦が立案された。 アレキサンドリアから日本の2空母を使って、スピットファイア36機、飛燕24機を空輸する作戦だった。 成功すればスピットファイアが75機、飛燕は49機まで増強される見込みだ。

 

『―――その為には、何が何でも守り切らなきゃならん。 でもって、俺達も撃墜される訳にはいかない。 と言う訳で美園、邂逅時刻は?』

 

小隊長の摂津中尉が聞いて来る、またもや『小隊時刻表』である、美園少尉の出番だった。

 

「・・・巡航であと10分、50kmほど東方の空域です」

 

既に巡航で20分ばかし飛行していた、そこから更に10分。 パイロット的には最も集中力を発揮できる時間帯だし、その辺りだと航続距離の短い枢軸国の戦闘機が進出してくる恐れも無い。 怖いのは帰路だ、シチリア島の独伊空軍機の妨害が入るだろう。 何せマルタ島はシチリア島から100kmも離れていない。 航続距離の短い独伊空軍戦闘機でも、十分往復して戦闘が出来る範囲だ。

 

『―――空輸隊、視認。 1時、3マル(高度3000m)』

 

高田上飛曹の報告が入った、相変わらず良い目だ。 美園少尉もその方向に目を凝らす―――やがて、ぽつり、ぽつりと黒点が大きくなり、機影に変わった。

 

『―――よぉし、小隊はこれより、空輸隊に合流、先導を果たす』

 

摂津中尉機が僅かに増速した、美園少尉以下の3機もそれに続く。 やがて空輸隊の先頭に合流すると反転し、そのまま前方警戒隊兼先導小隊として、60機以上の編隊の先頭を切って帰路に就く。

小隊2番機の位置に就いていた美園少尉は、ふと後方を振り返った。 別に意味は無い、無意識の行為だ。 もしかすると、戦闘機パイロットとしての本能かもしれない。 後ろには60機からの戦闘機の大編隊が控えていた、圧巻だった。

 

(・・・これが、これだけの機体が合流出来れば・・・)

 

まだまだやれる。 戦闘機隊同様に苦しい台所事情の軽爆隊の補充も、かなり安全に出来るようになる。 そう思っていると、ふと1機のスピットファイアのパイロットと目が会った。 そしてお互いに吃驚し合っていた。

そのスピットファイアのパイロットは、飛行帽から輝かんばかりの長い金髪が垂れていた、女性パイロットなのだった。 その彼女も、日本軍戦闘機部隊に、女性パイロットが居る事に驚いていた様だ。 英軍では最前線の戦闘部隊に、女性将兵を配備していないからだ。

 

彼女達はお互いに苦笑して、軽く手を上げあった。 帰路はまだ30分ほどの時間が有ったからだ。

 

 

 

 

 

『―――ブルー・リーダーよりレッド・リーダー! スライス! そっちに6機行ったぞ!』

 

『―――スワロー・リーダーよりコントロール! 西から侵入したシュトゥーカ8機は始末した!』

 

『―――コントロールよりスワロー・リーダー、ラジャ。 エリアB7Rへ急行して下さい。 JIAF(ジャパン・インペリアル・エア・フォース)がメッサー16機と交戦中! 援護を!』

 

『―――やられた! 脱出する!』

 

『―――メイディ、メイディ! 火が・・・火がっ・・・!』

 

『―――『風神』1番より2番! 右から回り込め! 上は押さえる、水平旋回戦に持ち込め!』

 

『―――『雷神』1番より管制! エリアC3DからJu-87! 1個中隊! 北東から侵入したぞ! 狙いはルア(飛行場)か、サーフィ(飛行場)だ!』

 

『―――ホーネット・リーダー! ホーネット中隊は、北東から侵入する敵爆撃機部隊を叩け!』

 

見ればマルタ島上空には、まるで前衛芸術の様な幾何学模様の飛行機雲が散乱していた。 シチリア島から案の定、ドイツとイタリアの空軍部隊が強襲をかけて来たのだった。 空輸部隊は一旦、島の南方海上上空へと退避。 その様を見守っていた。

 

「むぅ~・・・」

 

その様子を見守る美園少尉の可愛らしい口から、呻きに似た声が漏れる。 すると耳ざとい列機の部下にして、教育係の高田慎次郎上飛曹が、半分からかう様に釘を刺してくる。

 

『駄目ですぜ、お嬢。 俺達の役目は、空輸団の護衛ですぜ?』

 

「わっ、判っている! 慎さん、ちょっと構い過ぎ!」

 

『へいへい―――2時、3マル(高度3000m)、2機。 マッキ(MC.202)!』

 

見ると前方2時下方、高度3000m辺りから上昇をかけて来る2機のイタリア戦闘機が見えた。 無謀だ、こちらは4機。 空輸隊にも空戦経験のあるパイロットが10名かそこいらは居る。 自殺行為だ―――と思ったには間違いだった、彼等は追われていたのだ。

 

「・・・マッキの背後に友軍機。 三式戦3機、2中隊の様です」

 

美園少尉が報告すると、間髪いれずに小隊長の摂津中尉から指示が飛んで来た。

 

『―――美園、マッキの頭を押さえて来い』

 

「了解。 3番、このまま頭を押さえる!」

 

『了解です』

 

高度はこちらが4500m、圧倒的に有利だ。 おまけに向うはたったの2機、こちらは美園少尉の分隊2機に、2中隊の3機の5機。  増速して暫く下方の敵機の機動を観察し、そして徐に暖降下に入った。 それを見た敵機は、1機が水平旋回を行って距離を取ろうとし、もう1機は機種をやや西に向けて上昇を続けた。

 

(・・・旋回し始めたのは、ジャク(新米)ね。 2中隊が片付けるわ。 問題は上昇中のヤツ・・・)

 

空戦に必須な運動エネルギーは、高度と速度。 そして上昇はそのエネルギーを確保する手段―――パイロットはベテランと見ていい。 一瞬どうしようか、と頭の中で考える。 そして次の瞬間、結論を出した。

 

「―――2番より3番! このまま上から被せるわよ!」

 

『了解っス、お嬢!』

 

3番機の高田上飛曹も、その判断を支持してくれたようだ。 そう、例え美園少尉が失敗しても、高田上飛曹が居る。 そして例え2分隊が撃墜し損ねても、後ろにはまだ1分隊の2機が居る。 ここは全力で叩くべき。

見れば水平旋回したマッキ20は、2中隊の3機に早喰いつかれていた。 マッキ202の上昇力は高度5500mまで約6分以内、三式戦の上昇力は高度5000mまで5分ジャスト。 上昇力では三式戦に軍配が上がる。 水平旋回戦でも、旋回率、旋回性能共に三式戦が上回るか、やや優位だった。 たちまち3機に殴りかかられ、黒煙を吐いて海に落ちて行った。

 

その間、美園少尉の2分隊は上昇して来るもう1機のマッキを見降ろしながら、やおらロール(横転)を打つと、スプリットSで機速を稼ぐとともに、敵機の後上方を取る為の機動に入った。

その機動を見た上昇中のマッキもまた、急速ロールを打つと一気にパワーダイブに移る。 急降下で引き離して離脱しようとした。 が、三式戦は日本空軍機としては珍しく、縦方向の機動が得意な機体だった(旋回率も悪くない、他の日本軍機と比べて旋回半径は大きかったが)

 

「ッ! 逃がさないからねっ・・・!」

 

機体機動をスプリットSから、こちらもパワーダイブに入れて、美園少尉と高田上飛曹の三式戦が急降下に入った。 左右一体型の主翼と胴体の接合法などから、三式戦の急降下制限速度は事実上存在しない。 実戦では降下速度1000km/hを記録した事さえある(1000km/hまで計測できる速度計が振り切れ、壊れてしまっていた)

マッキ202の急降下性能もかなりのものだが、先にダイブに入っていた三式戦の方が優位だ。 速度計がたちまち700km/hから750km/hを越え、やがて800km/hを越した頃から徐々に距離が詰まる。 マッキ202の急降下制限速度か?

 

「ぐっ・・・くっ・・・」

 

身体も頭も、強い力でバックレストに張り付けられて、速度限界に近付いてゆく。 それでも何とか敵機を光学照準器から逃さない様、小刻みに機体を操り補足し続ける。 

やがて照準器から敵機がはみ出すほどの距離になった、機体速度は850km/h その瞬間、一瞬だけ首の筋が攣る様な思いで後方を確認し、コンマ数秒後には再び前方を睨みつけ、射撃ボタンを押した。

両翼4丁の12.7mm機銃、胴体機首の2門の20mm機関砲から、曳光弾が敵機のコクピット後部に突き刺さるのが見えた。 次の瞬間、マッキ202は機体を分断されて爆散する。

 

「んっ! くおおおぉぉぉぉ!!!」

 

降下の軸線から垂直方向に操縦桿を一端下げる。 引力で機首が一瞬、フッと下がった、その瞬間に絶叫と共に渾身の力で操縦桿を力一杯手前に引く。

 

「ぬうぅ・・・ああああぁぁぁ!!!」

 

フットペダルから抜いた両足を計器パネルに当て、力一杯踏ん張る。 同時に上体をバックレストから反らせる様にして、なおも力一杯操縦桿を引いた。 視界が暗くなり、失神しそうになるがやっとの事で機体が水平に戻った。 高度は500mを指していた。

 

『―――お嬢! 上出来! 敵機撃墜、1機確実! これで撃墜9機ですな、いや、立派なもんだ!』

 

美園少尉の戦果はこれで、個人撃墜7機の、協同撃墜2機となった。 あと1機でダブルスコアだ。

 

「はあ、はあ・・・ありがと。 列機の腕が良いからね、安心出来るのよ・・・教育係としては、小姑みたいだけれど」

 

『がはは! 空戦じゃ、それ位が丁度良いんですよ! お? どうやら終わった様ですぜ?』

 

豪放に笑い飛ばす高田上飛曹のその声に、ふとマルタ島上空を見れば、激しかった空戦が集結していた。 海面には油が漂い、島のあちこちから黒煙が上がっている。

 

『―――1番より2番、合流しろ。 損傷機の次に、空輸隊を降ろすそうだ。 俺達はその間、上空警戒』

 

どうやら、最大の危険な時間が終わった様だった。

 

 

 

 

 

「で、結局、スピットは3機が撃墜されて、2機が着陸事故で損失。 39機から34機に減って、それに36機が加わって・・・70機、定数に2機足りずかぁ」

 

「飛燕も2機が撃墜されて、2機が大破。 修理不能だから損失4機。 21機に補充が24機で45機。 うち、5機は補用に回せるから・・・こちらはようやく、戦力回復ね」

 

「英海軍のシーハリケーンが、半分近くまで減りましたね。 今は6機? 7機? あ、7機か・・・」

 

「戦闘機はこれで122機、軽爆はモスキートが29機に、二式襲撃機が26機の、55機かぁ 対艦攻撃には、ちょっと数が少ないですよ」

 

女性搭乗員宿舎で、楠城少尉、近江少尉、美園少尉、萱場少尉の4人が、夕食後の時間を過ごしていた。 ふと、離陸して行く爆音が聞こえる。 少数配備されているモスキートの夜間戦闘機型・NF Mk. IIだ。

 

「でも当分は、この島の防衛戦だから・・・独伊の貧弱な護衛艦隊相手だったら、モスキートや二式襲撃機を出せば、上手くいけば11隻で、輸送船なら沈められるよ」

 

モスキートの戦闘爆撃機型は、500ポンド(227kg)爆弾を4発搭載する。 二式襲撃機は250kg爆弾を2発だけだが、代わりに機首の武装を初速570m/秒、発射速度120/分の20337mm機関砲に換装していた。

 

「いずれにせよ、勝負はこの夏前よね。 7月の終わりから8月の頭頃。 その頃に大規模な補給作戦が成功しなきゃ、本当にこの島から叩き出されてしまうわ・・・」

 

既にこの島の日英両軍将兵の共通認識―――と言うより、共通の悪夢を、近江少尉が口にする。 美園少尉と萱場少尉が、黙って唇を噛みしめてコクリ、と頷いた。

 

「上層部も馬鹿じゃない。 噂ではジブラルタルとアレキサンドリアから、もう一度大規模な補給作戦を企画しているって言うし。 遣欧艦隊も補強されたし(第7戦隊:重巡『熊野』、『鈴谷』、『三隅』、『最上』と、第6水雷戦隊が追加された)」

 

「でも、英海軍はどうなんです? 聞いた話じゃ、大規模な援ソ船団が近々出るのでしょう? だったら、全然護衛艦艇の余力が無いんじゃ・・・」

 

楠城少尉の言葉に、萱場少尉が不安点を投げかける。 この時期、ソ連は前年のドイツ侵攻が嘘の様な劣勢に立たされており、5月初旬にはモスクワに至る関門であるスモレンスクに、フォン・ボック元帥率いるドイツ軍中央軍集団が殺到した。

そして今月15日にスモレンスクは陥落し、45万名が捕虜となり、10万名が戦死・行方不明。 ドイツ軍の包囲網を破って脱出できたのは、僅か5万名に過ぎなかった。 そしてドイツ軍中央軍集団が一路、モスクワを目指す事は明白だった。

 

これは明らかに、ソ連指導部の判断ミスだった。 旧ポーランド中部の独ソ国境線で始まった東部戦線は、当初のソ連軍の電撃戦から一転、ドイツ軍の反撃に遭う。 そして旧ポーランド領を『追い出された』ソ連軍は、その防衛シフトを南部―――ウクライナ方面へ重点的に置いていた。

明らかに判断ミス・情報のミスだった。 ドイツ軍の『反撃重心』はフォン・ボック元帥率いる中央軍集団である。 3個軍の他にグデーリアン上級大将の第2装甲集団(後の装甲軍)、ホト上級大将の第3装甲集団を有し、53個師団(うち、装甲師団8個、装甲擲弾兵師団6個)を有する強力な軍集団だった。

対してソ連軍は、対峙する『中央戦線』には45個師団と戦車15個旅団の戦力しか、配備されていなかった。 因みにソ連軍の『師団』は―――師団以外にも、ソ連軍部隊の規模は小型―――他国の『旅団』並みの戦力だ。

 

そしてソ連が『防御重心』を置いた『南方戦線』には、64個師団と戦車14個旅団を配備していた。 因みにドイツ軍側は、フォン・ルントシュテット元帥率いる南方軍集団が、3個軍と1個装甲集団(54個師団。 うち装甲師団5個、装甲擲弾兵4個)を擁している。

部隊数では僅かに中央軍集団を上回るが、南方軍集団はその編制中に同盟国ルーマニア軍の10個師団を含んでいる。 装備・練度・士気の面で劣る(と見られている)2線級部隊で、警戒任務にしか使いそうにない。 実質的な攻撃力は44個師団と、中央軍集団より大きく劣る。

 

この齟齬が、ドイツ軍をしてソ連首都モスクワまでの電撃戦を可能たらしめた。 大混乱の中でソ連軍は、『中央戦線』総司令官のディミトリー・G・パブロフ上級大将を解任し、代わって極東地区からアンドレイ・イワノヴィッチ・イェレメンコ中将を呼び寄せ、彼をして『守るか、死ぬか』の防御戦闘を―――する潰せるものは、何でもすり潰しながら―――行っていた。

 

この為、ソ連首相ヨシフ・スターリンは英国へ協定物資の早期輸送を迫っていた。 英国は北海沿岸に配備されたドイツ海軍の強力な水上戦部隊と、恐らく多数が潜んでいるであろう潜水艦部隊への対応策を見いだせないまま、ソ連への救援物資輸送船団の出発を決定したのだ。

 

「・・・悩んだって、仕方ないよ。 このマルタを失えば、英国も日本も、地中海中央部の制空権と制海権を失うんだよ? そうすると英国はエジプトを失う・・・日本は、中東の石油が手に入らなくなっちゃう。

私らだって判る道理を、上層部のお偉いさんが解っていない訳、無いんじゃない? 多分、相当の無理をしてでも、補給作戦は行われるよ、そう思う。 だから・・・」

 

美園少尉が疲れた表情でそう言う。 だから、それまで何としてでも、この島の制空権を維持する。 それがマルタ島の空軍部隊に課せられた義務だったのだった。

 

 


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大和撫子・マルタ島戦記 3話

大和撫子・地中海戦記


19426231425 地中海・クレタ島上空

 

 

『―――3番より2番! 上! 上に抜けろ!』

 

「くっ! 了解っ・・・!」

 

右垂直旋回から咄嗟に操縦桿を戻し、フットペダルを両足揃えた・・・までは覚えている。 その先は覚えていない、機体は今まで経験した事の無い機動で垂直旋回の軌道から逸れ、斜め上方に飛ばされる様に上昇すると、水平で直進飛行に移った。

その機動に面喰らったか、目標を見失ったか、1機のBf-109Fが垂直旋回の最中で一瞬軌道が大きくなる。 その隙を見逃さず、僚機の3番機―――高田上飛曹機が上空から左降下で被さりながら、機銃を放っていた。 あっという間に火を噴く敵機。

 

『―――お嬢! 深追いは禁物だ! 敵さんが多い、どこかから必ず喰われるぞ!』

 

「そうも、言っていられないでしょう!? 東082マル(高度2000m)、ユンカース6機! グランド・ハーバーのアプローチに入っている! 叩くよ!」

 

乱戦が続く北側や西側を避けて、東側から港を爆撃しようとするユンカースJu-88中型双発爆撃機の編隊が、マルタの港湾都市・バレッタへの爆撃航程に入っていた。 美園少尉は咄嗟に機体を左旋回に入れて、Ju-88編隊の右上方に持っていった。

チラッとバックミラーを見ると、僚機の高田上飛曹機が斜め後ろに付き従っている。 2機編隊―――分隊の鉄則は必ず守る、だ。 スロットルを少しだけ絞り、降下速度が付き過ぎない様に接近する。 途端にJu-887.92mm後部連装機銃が火を噴いた。

 

(―――そんな腰の定まらない弾が、当る訳ないでしょう!?)

 

高射砲弾が炸裂するのも気にする余裕が無い、かっちり編隊を組んで爆撃航程に乗った編隊の最後尾―――日本軍で言う所の『カモ番』機に狙いを付ける。 

上下左右を慌しく確認し、追尾する敵戦闘機の有無を確かめてからスロットルを開いて加速。 グンッと身体がバックレストに押し付けられる、光像式照準器から敵機がはみ出す位だ。 

 

(まだ。 まだよ・・・まだ・・・よし!)

 

十分と思っても、実はまだまだ距離がある。 衝突する、そう思う位が、最適な射撃距離だ―――練成部隊で、先輩の女性戦闘機搭乗員に叩き込まれた。 その通り、距離はようやく100mを切った。 同時に三式戦から2種類の曳光弾が吐き出された。

 

(―――よしっ!)

 

直ぐ様、操縦桿を引いて上昇に移る。 愚図愚図と射撃を続けていては、もしかすると後部機銃に絡め取られるかもしれない。 或いは不意に後ろに敵戦闘機が喰いつくかもしれない。 無防備な射撃時間は極力少なく、その為には目一杯接近して射撃する。

教えられたとおり、2秒間の集中射撃で20mm機関砲弾と、12.7mm機銃弾を右主翼に叩き込まれた1機のJu-88が、あっという間に片翼をもぎ取られてスピンしながら海面に落ちて行く。 同時に僚機が攻撃開始、美園少尉機は上空に位置して周囲を警戒する。

 

「キリが無い・・・3番、もう一度行くぞ!」

 

『駄目だ! 2時上方、3マル! メッサー(Bf-109F4機! マッキ(MC.202『フォルゴーレ』)も2機! 向かって来る! 退避する!』

 

「ッ! くっそー! 南18、高度500に移動! その後で4マル(高度4000m)まで上がる!」

 

『了解!』

 

Ju-88編隊の危機を察したBf-109FMC.202『フォルゴーレ』の独伊戦闘機隊6機が、不気味な音を立てて降下して来た。 3倍の数に叩かれては、三式戦とて敵わない。 枢軸国軍機が苦手な低空旋回戦を強いる高度まで、一気にパワーダイブで逃げるしかない。

スロットル全速で海面近い高度まで降下すると、敵機は低空での三式戦との旋回格闘戦を嫌って、それ以上追尾しては来なかった。 しかし・・・

 

「あ・・・ああ、港が・・・」

 

『くそ、酷え・・・あの辺は市街もあるってのに・・・』

 

グランド・ハーバーに、6機のJu-88から投下された合計1.8トンの爆弾が炸裂した。 爆炎と黒煙が立ち上る。 高度500で一端、島の南方海上に抜け、そこから一気に高度4000mまで駆け上がる。 上空から見たマルタ島は、あちらこちらから黒煙を噴き上げていた。

上空ではまだ戦いが続いている、今日のこの日、シチリア島とイタリア本土から襲来した独伊の戦爆連合と、日に日に戦力がやせ細って行く、日英のマルタ防衛航空部隊の激戦。 激しく機動し合う戦闘機同士の空中戦。 隙を狙って爆撃機へ攻撃をかける日英の戦闘機。 それを阻止する独伊の戦闘機隊。

 

見事なまでに晴れ渡った地中海の蒼空は、死の乱舞が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1942624日 クレタ島

 

 

日本軍制式採用の95式小型(軍用)乗用車が、田舎道を走っている。 6月末のマルタ島は夏だ。 いや、『マルタ島には夏と冬しか無い』とは、国を出る前に受けたレクチャーにも有った、とにかく夏だった。

『くろがね四起』の名で知られる、日本帝国陸海空三軍で共通使用の小型軍用乗用車。 車幅わずか1300mm、シャーシも2000mしかない小型車。 それでいながら四輪駆動機構を備え、道路状況の悪い大陸や東南アジア、北アフリカでも極めて良好な走破性を発揮する。

乗員3名、その小型な姿から英軍将兵からは、『リトル・バード(小さな女の子)』との愛称を受けている。 運転しているのは、日本帝国空軍の士官用防暑服を着用した若い女性将校。 同乗者も同年代と見える同じく日本空軍の女性将校。

 

「・・・のどかだね~」

 

「・・・」

 

「ほら、麦畑があんなに」

 

「・・・」

 

「あれ、何かの遺跡かなぁ?」

 

「・・・爆撃で壊された、石積みの家でしょ?」

 

「機嫌悪い? 杏・・・」

 

「・・・良いように見える? 爽子?」

 

「見えない、ね・・・」

 

助手席の萱場爽子少尉が首を竦めた。 運転している美園杏少尉は、また不機嫌そうに黙ってしまう。 車は島の南部海岸線を走っている。 バレッタ港南部の港町カラフラーナに駐屯する、日本海軍マルタ島根拠地隊まで行った帰りだった。

 

この島には日英海空軍が6箇所の飛行場を使用していた。 まず、主力である英空軍の使うルア飛行場とサーフィ飛行場。 島の東部にあり、バレッタからも近い。 ここに最近になって増強されたスピットファイアの6個中隊と、モスキート戦闘爆撃機3個中隊が駐屯していた。 マルタ島防衛戦力の要だ。

 

次に、中西部のターリ飛行場。 一箇所だけやや離れた場所にあるここには、英空軍のモスキートが1個中隊駐留している。 そしてバレッタにほど近い南西部のハルファール飛行場、ここは英海軍が使用する飛行場だ。 シーハリケーンMk. C1個中隊と、対潜任務向けの艦攻(雷撃機)バラクーダMk. Ⅲが2個小隊、駐留していた。

 

バレッタ港南部のカラフラーナ水上機基地は、日英海軍の水上機部隊が共同使用していた。 英海軍のショート・サンダーランド飛行艇と、日本海軍の九七式飛行艇が各1個小隊、その巨体を誇示しているのが印象的だった。

 

最後にマルタ島6番目の航空基地・レンディ飛行場。 長短2本の滑走路を持ち、日本空軍遣欧航空兵団分遣隊が使用している。 美園少尉もここの飛行場をベースにしていた。 三式戦闘機1個飛行隊(3個中隊)と、二式双発襲撃機(キ45改丙:二式複座戦闘機『屠龍』が原型)を装備した軽爆撃隊が増強されて3個中隊を有する。

 

この二式双発襲撃機は発動機をハ102(『瑞星』離床出力1080hp)2基から、ハ112(『金星61型』離床出力1500hp)2基に換装され、最大速度も600km/h強(608km/h)を出せる『高速軽爆撃機』として評価は上々だった(もっとも時速650km/h以上を出すモスキートに比べれば、低速だったが)

 

「酷かったね、バレッタ市街・・・」

 

萱場少尉がぼそっとつぶやいた言葉に、美園少尉がまたまた、眉を顰めた。 港への定期連絡係として中秋が有った翌日のこの日、2人はバレッタ港南部の港町カラフラーナ(日本海軍の根拠地隊が有る)まで出張っていたのだが、そこで見た市街地の惨状に茫然としたのだ。

 

爆撃を受けて崩れ落ちた教会。 半ばから倒壊したアパートメント。 瓦礫の山と化した市場。 焼け出され、茫然と佇む市民、子供達も大勢いた。

戦争の犠牲になる一般市民、それは日本帝国空軍予備将校である美園少尉も、萱場少尉も、忸怩たる思いが有る。 だがそれ以上に、彼女達にとっては幼い幼少の頃の記憶を呼び起こして止まなかったからだ。

彼女達は1923年(大正12年)の9月から、翌243月までの間に日本を襲った大災厄、所謂『大正大災厄』を23歳の頃に経験した世代だった。

 

192391日の午前1158分、M8.8の巨大地震が関東地方を襲った(『関東大地震』) この地震は3日間の間に15回ものM6.5以上の余震を繰り返し、以降、M6.5以上M7.2以下の余震が、1ヵ月に121回発生した。 被害は死者・行方不明者・289800人に上った。

そしてこれが、全ての災厄の引き金となったのだった。 約1カ月後の1010日、伊勢湾南方を震源地とするM8.6の東南海地震(死者・行方不明者・106850人) 更に111日の紀伊半島南部を震源地とするM8.8の南海大地震(死者・行方不明者・227650人) 止めは1218日に発生した遠州灘を震源地とする、M8.9の東海大地震(死者・行方不明者・143500人)

併せて死者・行方不明者・767800余人を出し、被災者640万人にも上った。 超大型群発大地震が、連続して発生したのだった。 日本は太平洋岸の主要都市と、交通の大動脈を完全に寸断されてしまったのだ。

 

これを『大正大震災』と呼ぶ。

 

更にこれに追い打ちをかけたのが、4年前に世界的大流行を起こしたインフルエンザ―――『スペイン風邪』の再発だった。 この第2次パンデミック(A型インフルエンザウイルス(H1N1亜型)パンデミック)は、192312月~19243月に全世界で大流行した。 感染者は8億人、死者は6,500万人と、4年前の第1次パンデミックを上回る猛威を示した。

日本では大正大震災直後の大流行も合って、感染者850万人、死者275万人に達した。 大震災後の衛生インフラ崩壊・医療体制の混乱が増加した原因と言われる。

 

―――『大正大災厄』での死者は、総計で約350万人を越した。

 

「―――祖父が南海大地震で死んで、祖母もスペイン風邪で死んで・・・まだ2歳か3歳の頃だったから、記憶が無いんだけれど・・・」

 

「私も、そうだったよ。 姉が死んじゃった。 子供の頃の遊び場は、みんな瓦礫の山が遊び場だったものね」

 

物心ついた頃の、最も古い記憶は、延々と続く瓦礫の山だった。 彼女達はそんな世代だったのだ。 だから、あのバレッタの市街は見るのが苦しかった。 あの、泣きそうな表情をした小さな子供達は、昔の彼女達の表情だったのだから。

 

 

大災厄による人口減・社会インフラ壊滅により、一時どん底まで落ちた日本経済。 その後に海外移民(特に半島・満洲)が1920年代中頃から1930年代初頭にかけて、約3000万人が移民した。 この結果、1930年代初頭の日本人口は約5000万人に減少している。

 

そして1920年代後半より、『帝国復旧事業』として政府は莫大な資金を内需に投下。 反対に軍備予算は可能な限り削られた結果、陸海軍の軍縮が進む。 そしてこの軍縮は一部の政治的軍部将校、特に陸軍将校団の反発を買い、クーデター騒ぎにまで発展した。 

但しこの騒ぎは温厚・柔和な今上帝が珍しく激昂し、近衛師団への勅命による出撃・鎮圧を命じた事により、急激に終息した(この様な命令下達系統は、本来あり得ない。 今上帝も御理解されていたが、それを忘却する程の怒りだった)

 

大正末期の『大正大災厄』以降の国民生活の艱難辛苦、それを隠れ蓑にしていた陸軍の政治将校団は、これで命脈を絶たれた。 陸軍自体もその政治性を、大きく削ぎ落されるに至った。 1936年、日本帝国は憲法(大日本帝国憲法)を改定する。 

憲法改正手続に普通の法律改正以上に、厳格な手続を要求する硬性憲法であり、かつ、君主によって制定された欽定憲法が、この様な早期改定に至ったのは無論の事、今上帝の意志も有ったが、『大正大災厄』からの復興の妨げとなる事項は、全てにおいて改定されねばならない、とする当時の空気も有った。

これが後に、陸軍航空隊重爆部隊と、海軍航空隊基地航空部隊を統合しての、帝国空軍設立へと加速する(空軍設立は、1937年)

 

1930年代に入り、日本は明確に海洋貿易立国を志向し始める。 同時に国外植民地(朝鮮半島・台湾・南満州)の統治権益は負担になり、これを放棄する方向に動き出した(朝鮮半島は1940年をめどに、正式独立。 台湾は住民投票の結果、日本の自治県に。 南満州は後に『満洲共和国』として拡大・独立する)

そして女性の参政権が1934年、正式に法制化されるのと相前後して、軍や警察への女性の進出が加速。 社会全般にも、女性の進出が活発化する。 

 

「でもそのお陰で、一旦は破棄された日英同盟が復活しただなんて、皮肉よね」

 

「流石にアメリカも、『火事場泥棒』とか、『大統領の好物は、他人の不幸』とか、新聞やラジオで叩かれたらねぇ・・・」

 

1921年、第1次大戦後の太平洋域での日本の権益拡大が、自国権益と衝突し始めたと考えたアメリカは、当時日本の同盟国だった英国を焚きつけ、日英同盟を妨害すべく『四カ国条約(日本、英国、アメリカ、フランス)』を成立させた。 この結果、1923年に日英同盟は『発展的解消』となってしまった。

 

しかし、この直後に発生した『大正大災厄』が全てを変えてしまった。 日本は中国大陸・太平洋域への権益拡大に動く余力など全く無く、むしろそれを放棄する方向で動き出す。 そしてこれに飛びついたのが、アメリカだった。 日本の内南洋信託統治領を『委譲』の形で毟り取り、次いで日本の中国大陸の権益に狙いを絞り始めた。

 

だがこれは、各所で悪評を産む。 まず、国際連盟で米国が日本の信託統治領を『取り上げた』事が問題にされた。 これは当時、まだ支払いは済んでいなかった日露戦争当時の日本臨時国債の利息払い(巨額だった)の『一部肩代わり』をアメリカがする事で、委譲されたのだった。

そしてその事が問題にされるや、アメリカはこの『肩代わり』の放棄を宣言する(内南洋への進駐は、その後も続けられた) 日本は信託統治領を『タダで毟り取られた』のだった。 このアメリカの強引な政策は、アジア方面に権益を有する各国―――英国、フランス、そしてオランダを警戒させた。

 

そして1926年、大災厄の3年後に日本は、中国の山東省に持っていた権益の全てを、中国側(中華民国)に返還する。 維持費が全く捻出できなくなってしまったのだ。 これは、この直後に『北伐』を予定していた南京国民党政府(蒋介石)に好意的に受け止められた(北伐自体は、張作霖の北軍に大敗している)

そして今度は1928年、大陸の軍閥同士の内戦激化を憂慮した日本政府は(当時は日系移民が数多く居住していた)、蒋介石政権から『山海関以東(満洲)には侵攻しない』との言質を取る事に成功する。 これをもって第2次北伐で破れ、北京を脱出し満洲に逃れた張作霖を取り込む事にも成功した。

 

日本は蒋介石と張作霖との間に入り、停戦の斡旋と相互不可侵、そして何よりも双方に『日系移民の保護』を確約させる事に成功する。 これは翌1929年、清朝最後の皇帝だった愛新覚羅溥儀を『皇帝』として担ぎ出し、満洲に新たな立憲君主国を成立させる狙いだった。

 

『日本は随分と、世界の悪どさを身に付けた(当時の合衆国国務長官談話)』

 

日本は奉天派内部での『文治派』の最重鎮・王永江の他、袁金鎧、于沖漢と言った『文治派政治家』を。 軍では山西派指導者の閻錫山、安徽派の段祺瑞と言った『奉天派』以外の軍閥の首領(元々は同じ清朝末の北洋軍閥系)を支持し、張作霖の影響力拡大に歯止めをかけた。

192810月、日本は日露戦争での権益であった遼東半島の『関東州』を返還を『東北派』に約した。 そしてその後の満洲地域の開発資本に英仏、そしてオランダ資本の参入を餌にして、英国、フランス、オランダに日本を加えた『4カ国支援会議』を作る事に成功する。

 

委員会は翌19291月に大連に張作霖、閻錫山、段祺瑞、張景恵、臧式毅、煕洽(愛新覚羅煕洽)、馬占山と言った満洲の巨頭達を集める事に成功する。 そこで張作霖を委員長として『満洲行政委員会』が組織された。 218日には『党国政府と関係を脱離し、東北省区は完全に独立せり』と、満洲の中国国民党政府からの分離独立が宣言された。 同日、4カ国支援会議はこれを即日承認する。

 

192931日、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を満洲国執政とする『満洲国』の建国を宣言した。 国務院総理には、満洲の文治派政治家の第1人者である王永江が就任した。 即日承認したのは日本帝国、英国(及び英連邦諸国)、フランス、オランダで有った。 同日に『関東州』は、正式に満洲国へと返還された。

 

1930420日、第1回満洲国立法院(一院制の議会)が召集される。 同年101日、初の全国選挙(20歳以上の男子のみ)が行われた。

 

193131日、『満洲国憲法』が発布。 愛新覚羅溥儀は満州国皇帝として即位し、満洲は『満洲帝国』として、立憲君主国として歩み始めた。

 

この一連の外交政策で日本は、『食料輸入の安定供給(満洲は一大穀倉地帯だった)』、『鉱業資源の安定供給(満洲は地下資源の宝庫でも有った)』、『日系移民の安全確保』を手に入れた。 特に明確に海洋立国を目指す日本にとって、資源の安定供給先を直ぐ目と鼻の先に確保出来たことは大きかった。

 

但しこの一連の動きは、太平洋の対岸―――アメリカの警戒心を強くした。 アメリカは在米日本資産の制限、関税面での制限など、次々と日本に対して圧力をかけ始める。 そして4カ国条約を『反故』にする形で日本と共謀した英仏に対しても、警戒心を強め始めた。 これらは逆に、特にアジアでの権益を有する英仏蘭3国が、大災厄から何とかして立ち直ろうとしていた日本への再接近を促す結果となる。

 

1932515日、『日英仏蘭4カ国通商条約』締結。 満洲・日本から台湾を通り、インドシナ、マレー半島・インドネシア、そしてインド・中東から地中海に至る『ブロック経済圏』が誕生した。

 

19363月、日本は英国・フランス・オランダの3カ国と相互不可侵条約を締結。 同年5月には満洲帝国との『日満同盟』を締結する。 また同年9月には南京政府と対立する武漢政府(汪兆銘政府)と接触を始めた。

 

19374月、日本帝国、満洲帝国、そして武漢から上海に移っていた汪兆銘の上海国民党政府は、相互の国交を樹立し、相互領事業務を開始し始める。 蒋介石の南京国民党政府はこの動きに対して、妻の実家(宋美齢の浙江財閥)を通じアメリカに接触するも、四方を囲まれた状態では如何ともし難く、19381月に武漢政府との停戦を決意。 

これ以降、『上海中華民国(汪兆銘)』と、『南京中華民国(蒋介石)』は、互いを注意しながら衝突はせず、国内の共産党勢力との戦いに注力して行く事になる。

 

1938510日、『第2次日英同盟』が締結される。 これによって東アジアの日本、満洲、上海中華民国、仏領インドシナ、マレー半島、インドネシア、インド、中東、地中海・ジブラルタルから英国本国(後にカナダ、オーストラリアも参加)に至る、軍事同盟が成立する事になる。

 

1939年、第2次世界大戦勃発。 ドイツ軍、ポーランドへ進撃。 英仏、対独宣戦布告(日本の対独宣戦布告は、1940年) 同時にソ連軍もポーランド国境を突破。 ポーランドは独ソ両国に分割占領される。

 

1940年、帝国政府は『復興は為った』と声明。 帝国の人口は16年を経て、7500万人に回復していた。 同年4月、日本帝国は遣欧艦隊・遣欧兵団・遣欧航空団を地中海へ派遣する。

 

19412月、日米和平交渉開始。 ドイツ、対ソ戦準備。 同年622日、ソ連軍がポーランド中部にてドイツ国境線を突破。 独ソ戦開始(東部戦線) 

ソ連軍はヴィスワ川を突破し、オーデル川(オーデル・ナイセ線)に肉薄するが、814日のドイツ軍による機動迂回作戦により、約65万名もの損失を出す。

その後も相次いで10万名から50万名もの殲滅戦を被ったソ連軍は、ブーク川(ポーランドの独ソ分割線)まで後退する。

 

1942年春、ドイツ軍がソ連国境線を突破する。 19425月、『満洲=ソ連通商条約』が締結された。 日米和平交渉は6回を数えるも、未だ話し合いは平行線のままだった。

 

そして19426月、日本帝国空軍遣欧航空団は、地中海で苦闘を続けていた。 美園杏空軍予備少尉がマルタ島に居る背景は、そうした世界情勢故だった。

 

 


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大和撫子・マルタ島戦記 2話

大和撫子・地中海戦記


1942615日 地中海 マルタ島東方海上260km 高度5000

 

 

地中海上空、高度5000m 下方1000mに敵戦闘機26機、更に下方1000mに敵爆撃機27機の、戦爆連合53機。 対してこちらは、1個中隊12機の戦闘機のみ。 しかし初撃の奇襲が功を奏し、敵護衛戦闘機の間隙をついて、敵爆撃機編隊に肉薄する事が叶った。

 

『―――撃墜せんでもいい! とにかく、投弾させちまえ! 爆弾落とした後のシュトゥーカなんぞ、何の脅威にもならん!』

 

『―――2小隊、了解。 よぉし・・・続け!』

 

2小隊、4機の三式戦が高度5000mから一気にパワーダイブに入った。 5000mから時速800km/hで落として1000mで引き上げをかけると、丁度高度500mが底になる。

その間、約18秒前後。 混戦が続く空戦の中で、頭を冷やして色々と見て、考える事が出来る時間だった。 敵もこうなってはなかなか攻撃が出来ないからだ。

 

(・・・上手いな、中隊長。 最初に上空から逆落としで一撃、敵が混乱した所を引っ掻き廻して乱戦に持ち込んだ・・・)

 

Bf109Fは縦方向の旋回能力は優れているが、翼面荷重が小さい為に横方向の旋回性能は三式戦に及ばない。 そこで高度を優位に保ちつつ、上空からの一撃離脱か同位戦に持ち込んで掻き回す。

現状で第1、第3小隊は8機、Bf-109Fは本隊が6機撃墜され、別働隊が3機撃墜されての、合計15機。 まだ倍近い戦力だが、乱戦に持ち込まれてしまって、苦手な水平旋回戦を強いられていた。

 

(―――まだ太陽は真上に来ていないし、引き起こしたら1500まで一端上げて、東から攻撃しよう・・・丁度、シュトゥーカの右後方から仕掛けられるわ・・・)

 

(―――あ、敵さん、メッサーが4機こっちに来た。 と言う事は、15引く4は・・・ええと、9機だから・・・98なら、三式戦なら負けないわ)

 

(―――ええっと、メッサーと三式の降下速度は似たり寄ったりだから・・・今、高度3000、敵さんは4000? 高度差はまだ1000あるし・・・

時速800km/hだから、秒速222m。 1000m差で4秒から5秒、引き起こして全速かければ・・・700mは引き離しているから・・・うん、大丈夫! 2撃はできる!)

 

(―――シュトゥーカは・・・いた、高度1500、船団の南方9時方向。 上出来じゃない、勝てるかも・・・!)

 

時速800km/hでの急降下は凄まじい、プロペラピッチ40度、キーンと言う高周波音以外、エンジンの排気音すら聞こえない。

身体も頭も、強い力でバックレストに張り付けられて、速度限界に近付いてゆく恐ろしさは例えようも無くなってくる。

 

「うっ・・・くっ・・・!」

 

体中の血が全て裏側に集まった感じになり、意識が怪しくなってくる。 美園少尉はその急降下の中で、必死に意識を保とうと歯を食いしばっていた。 

各人は経験によって、各々の意識の明確な維持の限界点を悟る。 美園少尉は今までの経験で、普段は一定のリズムで聞こえるエンジン音が、別々のパーツ音に聞こえだしたら、自分の限界と悟った。

 

―――コーン、配電盤とローターの高回転接触音が、ひとつに聞こえる。

 

―――シャー、噴射ポンプの音が、乾いた音に変わった。

 

ある音は高く、ある音は低く・・・

 

「うっ・・・うわあぁぁぁ!! あああぁぁぁ!!!」

 

酸素マスクの中で大きく口を開け、精一杯の大声を出す。 これが実戦で掴んだ美園少尉なりの、自分の意識を保ち克服する方法だった。

 

「あああぁぁぁ!! うわあぁぁぁぁ!!!」

 

各人がそれぞれ、別々の方法で行っている。 彼女はこれが、これだけが、明確な意識を保つ唯一の方法だった―――恰好悪くても良い、とにかく生き残る為に!

視界が狭まってくる、急激に海面に視線のピントが合い、白い小さなさざ波さえはっきりと識別できる。 海面がぶつかりそうに、せり上がって来た―――これで、丁度1000m!

 

「んっ! くうぅ!!」

 

引き起こしは操縦桿を引くだけでは無理だ、800km/hから850km/hでの急降下で垂直に近い角度で降下する時、操縦桿は風圧の為に例え相撲取りの腕力でも引き起こせない。

その為に、降下の軸線から垂直方向に操縦桿を、一端『下げ』を取る。 そうすれば引力で機首が一瞬、フッと下がる。 その瞬間、操縦桿を力一杯引くのだ。

 

「くっ・・・そおぉぉ!! んんぎいいぃぃぃ!!!」

 

それでさえ、大の男でも渾身の力が必要だった。 ましてや腕力で男に大きく劣る女性搭乗員では、普通にやってはまず無理、そのまま海面へダイブする羽目になる。

美園少尉はフットペダルから両足を抜き、計器パネルに当てて力一杯踏ん張った。 同時に上体をバックレストから反らせる様にして梃子の原理で、力一杯操縦桿を引く。

 

「うっ・・・うわああぁぁぁ!! んああああぁぁぁぁ!!!」

 

降下点の底(降下最低点)から一気に上昇する時のG(加重)もまた、凄まじい。 視界が暗くなり、失神しそうになる。 これも恥も外聞も無い大声で、何とか切り抜けた。

両主翼が15番辺りのリブから先端に向け、曲線を描いて反り返っている。 外板に皺が寄せて、パァン!と、沈頭鋲が折れる音が微かに聞こえた。

 

「ひっ、ふっ、はっ・・!」

 

急降下のハイライト、ほんの僅か数秒を終えて上昇に入る。 高度1500まで上昇して機体を大きく左に傾けて海面を見ると・・・

 

「―――くっそう・・・!」

 

1隻が艦橋後部に直撃弾を受け、濛々と黒煙を吐いている。 あれは知っている、英軽巡『バーミンガム』だ。 その後方、今まさに横転したのは英駆逐艦『エアデール』

 

『―――長機よりカク、カク! 8時、同高度、シュトゥーカ、機数9! 叩くぞ!』

 

「了解です!」

 

『―――了解!』

 

『了解、メッサーはまだ、後ろでアップアップですぜ』

 

摂津中尉の指示に、目前の友軍の窮地に頭に血が上った美園少尉や藤林二飛曹と違い、ベテランの高田上飛曹はその間に後方のBf-109Fとの位置関係も確認していた。

出撃の度に、自分の士官として、指揮官としての至らなさを突きつけられる美園少尉だったが、それでも素直に至らない所は事後、注意するあたり中隊長の宮部大尉は伸びしろがある、と見込んでいる。

 

『―――敵の高度は1500か。 同位戦で行く馬鹿はいないぞ、上から被って、下手に勘づかれても拙い。 1400まで降ろせ、下の死角から近づいて、一気に上昇して弾を叩き込め!』

 

単発や双発軽爆撃機の後部旋回銃座など、滅多な事で命中はしないが、それでも8機、9機と固まった所に突っ込めば被弾する。 

Ju-87Dの後部旋回機銃は、7.92mm連装機銃。 9機集まれば、7.92mm18丁の大火力になってしまう。 美園少尉は以前、その火網に捕まったスピットファイアを目撃した。

 

(―――慎重に・・・慎重に・・・)高度を1400まで下げ、時速570km/hで突進する。 三式戦2型乙の最高速は625km/hだが、それは高度6000mでの話だ。

空気が濃密な低空で、それだけの速度は出せない。 後方のBf-109Fも同様の様で、お互いの距離は詰まっていなかった。

グングンと距離が詰まる、もうシュトゥーカが吊り下げる爆弾がはっきりと見える。 250kg爆弾だ、2発吊り下げている。 航続距離の問題だろう、D型は最大1.8トンを吊り下げる事が出来る。

 

(―――もう少し・・・もう少し・・・今だ!)

 

『―――上昇! 攻撃開始!』

 

美園少尉が攻撃タイミングだと判断した瞬間と、摂津中尉の攻撃命令の声は同時だった。 ベテランの小隊長と同じ判断が出来た事で、内心が高揚する。

操縦桿を引いて上昇に移った。 瞬く間にJu-87D編隊の後方150m、高度差50m上方に占位する。 一瞬後ろを見て、列機を確認―――ベテランに心配は不要だった。

 

「―――突っ込む!」

 

『了解!』

 

高田上飛曹の陽気な声を聞きながら、スロットルを開けるとグングンと距離が狭まった。 Ju-87Dの後方から連装の7.92mm機銃弾がシャワーの様に向かってくる―――当りはしない。

小刻みに機体を左右に滑らせながら、距離100まで迫ったその時、一気に直線飛行に移った。 同時に照準器からはみ出す位にJu-87Dを捉える。

 

「―――んっ!」

 

機銃の発射ボタンを押す。 両翼4丁の12.7mm機銃、胴体機首の2門の20mm機関砲から、光の矢が敵機の胴体に突き刺さるのが見えた。

射撃時間は2秒きっかり。 それ以上は射撃しない。 高田『師匠』上飛曹から、口を酸っぱくして言われ続けてきた『鉄則』だった。

300km/hそこそこの最高速しか出ないJu-87D、ましてや爆装している今は、300km/h以下の速度だ。 速度差が200km/hもあれば静止目標も同様。

 

「―――よしっ!」

 

狙った通り、美園少尉が攻撃したJu-87Dは、20mm砲弾に機体を破壊されて爆散した。 高田上飛曹が攻撃した敵機も、炎を噴いて海面に向かって急降下だ。

上昇しつつ、後方を確認する。 Bf-109Fが近づいている。 愚図愚図していると、敵爆撃機を攻撃できなくなってしまう。

 

『―――長機よりカク、カク! 最後の一撃だ! 攻撃後は低空退避! 高度500より上げるな! その低高度なら、敵さんも上空からの一撃離脱はかけづらい!』

 

そうか!―――Bf-109Fは翼面荷重が大きい、低高度の旋回戦は絶対に嫌う筈。 それで降りて来る奴は、余程の腕利きか、それか余程の大馬鹿だけだ。

そしてドイツ空軍のベテラン戦闘機パイロットたちは、低空で日本戦闘機との交戦に勝ち目が無い事を熟知している―――だったら、低空に逃れたJu-87Dを喰ってやろうじゃない!

 

「―――2番(美園少尉)より3番! 左垂直反転で仕掛ける!」

 

『よーそろー!』

 

―――師匠、余程、ご機嫌宜しい様ね? いいわ、いくわよ!

 

再びスロットルを全開にし、操縦桿と左フットペダルを操って機体を左垂直に傾ける。 そのまま降下に入り、敵機が左の片隅に入った所で機を水平に戻してなおも降下する。

後部銃手が気付いた、7.92mm機銃の曳航弾が飛んでくる。 それを機体を左右に滑らせながら狙いを外し、敵機がエンジンカウルに隠れた瞬間、操縦桿をグイッと押し倒す。

 

「―――よし! ドンピシャ!」

 

急降下に入ったその瞬間、照準器に敵機を捉えた。 距離は100mも無い。 無意識のうちに発射ボタンを押す、曳航弾が敵機の操縦席付近に叩き込まれ、一瞬赤く染まった次の瞬間、火を噴いて爆発する。

そのまま降下を続け、高度700mで引き起こしをかける。 先程の様な馬鹿みたいな降下速度はついていないから、今度は普通に引き起こしが出来た。

 

「ふう・・・! みんなは!?」

 

見れば高田上飛曹も1機を撃墜し、ピタリと後方に付き従っている。 いや違う。 後方で、お目付け役を果たしている。

続いて小隊長の摂津中尉機と、僚機の藤林二飛曹機も低空に降りて来た。 上空には4個の黒々とした爆煙が浮かんでいる―――4人とも、敵機を撃墜したのだ。

 

『―――中隊長よりカク、カク。 集まれ、集まれ』

 

その時、中隊長機からの指示が飛び込んできた。 ふと上空を見渡すと、さっきまで激しい空中戦が行われていた空域に敵機が居ない。

南に視線を転じると、20数機の敵機が飛び去っていた。 どうやらJu-87Dは全機が投弾を終え、Bf-109Fも帰還分の燃料が不安になって来たらしい。

 

その時、西の方角から機影が見えた。 12機、遠目に増槽を吊っているのが解る―――友軍だ、あの機影は三式戦。 交替の第2中隊だ。

 

『交替が来た、各小隊、西フタマル(西20空域)に集合!』

 

美園少尉は友軍が来てくれてホッとした、全力戦闘を気が付けば20分以上もやっていたのだ。 そろそろ帰りの燃料が心配になる頃だった。

それにしても、もうあと10分・・・いえ、5分早く来てくれていれば・・・仕方が無い事だが、そう思わずに居られなかった。

集合した第1中隊は、全部で11機だった。 第2小隊は美園少尉も入れて全期無事。 第3小隊も4機揃っていた。 第1小隊は・・・

 

(―――居ない、4番機が・・・蘇我一飛曹が落とされた・・・?)

 

まだ若い、20歳を少し越したばかりの、下士官搭乗員。 しかしこの地中海戦線では、既に半年以上の経験を持っていた・・・

 

2中隊と上空直援を交替する時、第2中隊の仲の良い先任の女性少尉搭乗員と目が合った。 お互いに軽く敬礼し合って別れる。

目の前には昼下がりの地中海の蒼空と、そしてどこまでも輝く蒼い海原。 右手に悠久の歴史を刻んできた北アフリカの大地。

そして去り行く下の洋上では、爆煙を噴き上げ、行き足を止めてしまった貨物船が1隻。

 

―――『MW11船団』は11隻の貨物船の内、既に4隻を喪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19426152325 地中海・クレタ島。 バレッタ第2航空基地 日本帝国空軍遣欧航空兵団・クレタ分遣隊

 

 

「えっ!? 船団が入港したの!?」

 

女性士官居住区で休んでいた美園少尉が、素っ頓狂な声を上げた。 同室の楠城千夏少尉、同期生の萱場爽子少尉も、驚いた顔をしていた。

 

「どう言う事、近江ちゃん? 1時間前に『ハープーン』作戦の生き残りの貨物船が2隻、ようやっとバレッタ港に入港したじゃない?」

 

予備士官としては、美園少尉や萱場少尉の2期上(1年で前期、後期の2期を採用するので、年齢は1歳年上)の楠城少尉が、怪訝な顔で近江薫少尉に尋ねた。

 

「ああ、そちらのはね。 さっき入港して来たのは『ヴィガラス作戦』の船団に居た貨物船よ。 『トリニダート』、6000トン級の貨物船が1隻、満身創痍で」

 

近江薫少尉は、陸軍航空士官学校の第56期生。 正真正銘の陸士出身パイロットだ。楠城少尉が近江少尉の言葉に、ちょっとムッとする。

本当は『ヴィガラス作戦』は、今日の夕方に作戦中止が決定された。 損害が大き過ぎたからだ。 そしてその損害の最後の1隻、貨物船『トリニダート』が被弾したのは、楠城少尉が属する第2中隊の上空直援時の事だ。

 

だが生真面目で、根が真っすぐな近江少尉は別段、楠城少尉に他意有ってそう言ったのではない。 ただ事実を言っただけなのだ。

楠城少尉もその辺は判っているので(しかも任官序列的には、先任になる)、それ以上深く考えない事にした。 ただでさえ祖国を遠く離れた戦場、戦友同士で関係を悪くする事は無かろう。

 

「あの・・・近江さん? 『ヴィガラス作戦』は今夕に作戦中止になりましたよね? なのにどうして『トリニダート』はマルタ島まで? それも単独で」

 

被弾した貨物船が単独で、しかもシチリア島の目と鼻の先のこのマルタ島まで、ドイツ空軍やイタリア空軍、そしてタラントのイタリア海軍や『海の群狼』、ドイツ潜水艦U-ボートがうろつくこの海域で!?

 

「港の海軍さん(海上護衛総隊、地中海分遣隊マルタ島根拠地隊)に聞いたのだけれど・・・」

 

指を頬に当てて、可愛らしい仕草で答える近江少尉。

 

「舵機が故障して、左右5度の変針しか出来なくなったそうなの。 速度も10ノットがせいぜいで・・・船団から逸れて、漂流状態だったのだけれど・・・」

 

運がいい事に、マルタ島へ向けて一直線の針路で固定されたまま、ノロノロとただ1隻だけ、半漂流していたそうだ。

それを夜間哨戒に出ていた『ソードフィッシュ』が見つけて、マルタへ通報したと言う。 マルタ島の英軍は急遽、ダイドー級軽巡『カリブディス』と、駆逐艦『イカルス』『アンテロープ』の3隻を急行させた。

この3隻は『ハープーン作戦』の間接護衛部隊(W部隊)として、マルタに入港直前だった所を急遽、貨物船の護衛、そして曳航役として急派されたのだった。

 

「あるんですねぇ、そんな幸運が・・・でも、良かったです。 これで貨物船が3隻入港しましたし、補給物資もちょっとは届いたし」

 

「そうね、特に『トリニダート』は助かったわね。 あの船、確か私ら向けの補給物資を運んでいたんでしょ?」

 

ジブラルタルからの『ハープーン作戦』補給船団は英軍とマルタ総督府向けの、ハイファとポートサイドからの『ヴィガラス作戦』補給船団は英軍と日本軍向けの補給物資を運んでいた。

その中で偶然が重なって幸運にもマルタに入港出来た貨物船『トリニダート』は、日本軍から委託された補給物資を満載していた貨物船だったのだ。

 

「そっか・・・じゃ、死んで行った連中も、これで少しは浮かばれるね・・・」

 

楠城少尉がポツリと呟く。 今日の出撃で第1中隊は1機、第2中隊は2機の未帰還機を出した。 第3中隊も独伊空軍の空襲の迎撃戦で、2機を喪っていた。

 

「耐えるしかないよ・・・ここで私らが耐えれば、北アフリカの敵は補給が途絶えるんだもん。 そうすれば・・・北アフリカから、ロンメルを叩きだせる・・・」

 

その日まで、戦う。 戦い抜かねばならない。 日英同盟の盟約に従い、地中愛戦線の中で最も敵国に近い場所で戦うのは、全て故郷の家族の為になるのだから。

日本はもう、後には戻れない。 今の世界状況で生き抜くには、国民がひとがましい暮らしを手に入れるには、英国との同盟は絶対条件になっているのだから。

 

「・・・貴様ら、まだ休んでいなかったのか?」

 

この女性士官居住区のヌシ、戦闘機第2中隊長の真咲櫻大尉が、呆れた口調で部屋に入って来た。 その後ろには、第2中隊第3小隊長の美竹遼子中尉も居た。

女性将兵居住区は、他からは完全に分けられる。 入り口には『けしからぬ』輩を警戒する為に、突撃銃を手にした女性衛兵が立哨している程だ。

 

「あ、いえ。 もう寝ますけれど・・・大尉、本部は何と?」

 

楠城少尉の問いかけに、真咲大尉は防暑服をはち切らんばかりに盛り上がった胸を揺らしながら、嬉しさ半分、悩み半分で答えた。

 

「・・・今回の補給で、部分的にせよ息を付けたわ、小康は得たわね。 でも依然としてマルタ島は物資不足の状態よ、特に石油の不足は致命的」

 

マルタ島は有力な地下水脈を持たない、その為に飲料水を海水濾過によって得ており、濾過装置を動かす石油無しでは、餓死以前に乾死する危険性すらあった。 マルタ島の全面降服は、石油が無くなるその日と見なされていた。

 

「・・・英空軍のスタンレー大尉の話じゃ、マルタ総督府の計算による全面降伏のXディは8月末から9月初旬。 つまり、それまでに大規模な補給作戦が成功しなければ・・・」

 

「全面降伏、ですか・・・ドイツの捕虜収容所は、イヤだなぁ・・・」

 

「いざとなれば、私ら搭乗員は胴体内タンクさえ満タンなら、アレキサンドリアまで飛べますけれど・・・後味悪過ぎ! そんなの、やりたくないし!」

 

「・・・『ウンターメンシュ』ですか。 そう言う者の方が、思考お下劣・劣等なのですけれども!」

 

「・・・ドイツパンは、美味しいんだけどなぁ・・・」

 

「杏って、実家は神戸のパン屋さんだったっけ?」

 

「うん。 私の父、ドイツ系だし・・・」

 

美園少尉の父、美園・カール・ハインツは1917年、中国・青島で日本軍の捕虜となったドイツ第2帝国陸軍の二等兵だった。 元々は青島でパン職人をしていた青年だった。

その後、1917年から1919年まで徳島県鳴門市の『板東俘虜収容所』に収容されていた。 1919年末、戦争が終わり帰国できるようになった。

が、カール・ハインツ青年はドイツに帰らなかった。 既に家族は他界していたし、帰国しても碌な事が無かろうと思ったからだ。 青島へもドイツを捨ててやって来たのだ。

だいいち、彼には収容所暮らし2年間で知り合った、日本人女性の恋人がいたのだから! こうしてカール・ハインツ・ミュラー青年は他の170人のドイツ軍元捕虜たちと同様、日本に住み着く決心をした。

そして翌1920年、神戸でパン職人の職を得て、日本人女性の恋人―――美園綾子と結婚した。 名字は妻の姓にした。 翌年、長女の杏(ドイツ名、アンネリーゼ)が生まれた。

 

「そうか。 美園少尉にとっては、父上の母国相手の戦争か・・・」

 

「あ、気にしないで下さい、真咲大尉。 私、ドイツなんて行った事もありませんし、ただのパン屋の娘ですし。 父も・・・判ってくれています」

 

最後、少しだけ言い淀んだのは、地中海戦線へ出征する事を伝えた時の、父・カール・ハインツの寂しげな笑みを思い出したからだった。

 

「ま、何にせよ、戦うまでよ。 大和撫子のド根性、思い知れ!ってね」

 

「・・・美竹中尉が言うと、納得ですねぇ~・・・」

 

「あぁ!? 文句あるの? 楠城!?」

 

笑いが広がる。 補給が来た、僅かでも息をつく事が出来た。 良い事だ、明日にはもっといい事があるかもしれない。 あるいは明後日かも―――いつか、勝って、祖国に帰ろう。

 

女性士官宿舎の窓の外に、地中海の夜空が見えた。 遙か悠久の昔から人々が行き交い、文明が栄えては滅び、また栄えて来た地中海の夜空。

そしてもうじき、夏が来る。 熱く、暑く、そして激しい地中海の夏が―――私達は勝って、夏を乗り越えて見せる。

 

 

―――マルタ島の命運を決めるX-ディまで、あと2ヶ月半に迫っていた。

 

 

 


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大和撫子・マルタ島戦記 1話

大和撫子・地中海戦記


1942615日 地中海・クレタ島。 バレッタ第2航空基地 日本帝国空軍遣欧航空兵団・クレタ分遣隊

 

 

「くうぅ・・・! お、重い・・・!」

 

普段は軽やかに離陸する愛機、三式戦闘機2型乙(キ-61Ⅱb)は時速190km/hでも、まだ浮く気配が無い。 ブースト一杯、ピッチ45に上げてようやく、心持ち速度が増す。

 

「搭載量リミット、200kgもオーバーじゃね・・・くそっ!」

 

何せ機銃の装弾は満載、燃料は第1タンク340リットル、第2タンク160リットル、第3タンク200リットルに加え、160リットルの落下式増槽タンクを翼下に2本吊下している。

燃料だけでも1000kg以上、三式戦の搭載量リミットは970kgだと言うのに! 全備滑走距離1600mでは絶対無理だ! 英軍が作ったこの滑走路は2000mあるけど・・・

 

「もっと! 早く! 早く!」

 

スロットル・レバーを思いっきり押し込む。 全長2000mの滑走路の端が、グングンと迫って来た―――時速230km/h、操縦桿を僅かに手前に引くと、機体はフッと浮かぶ。

ギアを上げるとようやく、ヨロヨロト上昇を始めた。 まさにギリギリ、眼下に地中海へと落ち込む崖を見下ろしながら、ゆっくりと上昇して行く。

 

「何よ、これ・・・まるで重爆じゃない・・・」

 

操縦席で搭乗員の美園杏空軍予備少尉は、可愛らしい口を尖らせながら呟いた。 彼女は中隊の11機目の出撃。 後ろを見れば12機目もヨタヨタと上昇して来た。

目を上空に向ければ、先行する中隊の10機もノロノロと上昇している。 それでも渾身の力で上昇して行く愛機には、妙な愛情が出て来ると言うものだ。

高度700mで集合・編隊を組む。 そして進路を東南東にとった。 このままワンワッチ(警戒当直飛行)2時間を、この12機だけで行う為だ。

 

『各小隊、警戒を厳にしろ。 このままクレタ南西200km地点まで飛ぶ、そこから東進だ。 連中、今日は出て来るぞ。 ベンガジのドイツ空軍がな!』

 

中隊長の宮部友尚大尉の声が、レシーバーから聞こえて来た。 日本製も性能は悪くないが、英国製に変えたこの通信機はすこぶる調子がいい。

 

『しかし、重いなぁ、おい。 美園! どの位飛べる?』

 

「はい―――増槽目一杯使いきって、2850kmです!」

 

士官パイロット中、一番下っ端の美園少尉はいつもこの手の『試験』を中隊長から科せられるから、前もって搭載燃料と巡航速度、高度、風向風速情報から出撃前に当りを付ける。

 

『長いなぁ・・・増槽が無しなら?』

 

「はい、その場合は・・・約2000kmまで落ちます」

 

『そうか・・・増槽は捨てられないなぁ。 よし、この辺りで高度を上げる。 じっくり行くぞ』

 

既に出撃して数10分、燃料消費は160リットルほど。 100kgは軽くなっている筈なので、上昇飛行に移れると宮部大尉は判断したのだ。

殆ど真正面から太陽の陽を受け、地中海の蒼い海面はキラキラと輝いている。 右手彼方に北アフリカの大地が薄らと見え、上空の大気は何処までも澄んでいた。

500上昇して水平飛行に戻し、また500上昇して水平飛行に戻し、これを繰り返しながら目的地に近付きながら上昇を続ける。

 

途中で美園少尉が魔法瓶から、英軍支給の紅茶をちょっぴり飲んでいると、小隊長の摂津慎吾中尉の三式戦がフラフラした飛行から、ほんの少しだけキャノピーをずらしたのが見えた。

 

(あっ! 小隊長、また機内喫煙だ!)

 

携帯食のなかに、ニコチンが含有されたチューブ入りチョコレートがあるが、モク中共は当然ながらこんなもので我慢できる訳が無い。

そこでキャノピーを少しだけズラして、本物に火を付けて一服する訳だ。 『三式戦とスピットのマーリン45の唯一の違いは、燃料直噴式か、そうでないかだ』

これを勝手な根拠? にして、日本空軍遣欧航空兵団の戦闘機乗り(の中の、モク中達)は、操縦席でスパスパと吸っていた。 煙草で火災事故を起こした例は、確かに無かったが。

 

「そろそろ・・・マスクを・・・」

 

そろそろ目的地上空、高度は5000m 息苦しい、酸素マスクを付ける。 チューブを確認して、酸素が入ってくるのを確認すると、すこし頭がはっきりした。

見ると列機の高田慎次郎上等飛行兵曹は、既に酸素マスクを付けていた。 小隊長の摂津中尉も。 4番機の藤林宗則二等飛行兵曹は、美園少尉と同時だった。

 

遙か海面を見下ろすと、輸送船団―――『MW11船団』が見えた。 ハイファとポートサイドからマルタへの補給船団だ。 マルタの命綱、あの船団がマルタに入港出来れば・・・

すでに昨日14日、北アフリカとクレタに展開するドイツ空軍の空襲を受けて、船団は2隻が失われ2隻が損傷している。 

それに戦艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻を中心とするイタリア艦隊が、タラントから船団攻撃に出撃したという情報も入っていた。

今日の午前中には、リビアから出撃したドイツのSボートによる攻撃で、英軽巡『ニューカッスル』損傷、英駆逐艦『ヘイスティ』が撃沈された。

その仕返しに、マルタから出撃した日英空軍の連合攻撃隊がイタリア艦隊を空襲し、重巡『トレント』を撃破。 『トレント』は英潜水艦『アンブラ』に雷撃され沈没している。

 

そしてこの日、午後の上空直援だ。 日本空軍機は総じて英軍機より航続距離が長い為、例え少数でも上空直援に付く事が多かった。

まず、日本軍部隊が敵空襲部隊の直援戦闘機隊に仕掛ける。 そして乱戦に持ち込んでしまえば、航続距離が短い敵戦闘機は攻撃隊に追従出来なくなる。

その後で丸裸になった敵攻撃隊を、英軍戦闘機隊が始末する―――問題は、出撃出来る機体がこの数カ月で激減している事だった。

 

英海軍はハイファとポートサイドからマルタへの補給船団を送り込む『ヴィガラス作戦』と、ジブラルタルを通ってシチリア海峡を強行突破して補給船団を送り込む『ハープーン作戦』を、同時に発動した。

 

(せめて、燃料が有ればなぁ・・・燃料さえあれば、船団を守りきって見せるのに・・・)

 

マルタ島に展開する連合軍戦闘機隊は、定数で行けば英空軍のスピットファイアMk.Vb3個中隊(36機)と、日本空軍の三式戦2型乙(キ-61b)が1個飛行隊(40機)

爆撃機・攻撃機は英空軍のブリストル・ブレニムMk. IV双発軽爆撃機3個中隊(27機)と、日本空軍の二式双発襲撃機『屠竜』(キ45改丙)が1個飛行隊(27機)

総数130機の強力な『地中海の喉に挟まった魚の骨』だったが、今年(1942年)に入ってから枢軸軍によるマルタ島への空襲が開始され、かつ海上封鎖を実施した。

その結果、物資の大部分を輸入に頼っていたマルタ島は、深刻な物資不足に見舞われる。 食糧をはじめとする物資はすべてが配給制となった。

残り少ない物資だけでは、島が降服せざるを得なくなるのは、最早時間の問題と予測されたのだ。 事態を重く見た英国は、数次にわたり補給船団を組織する事となる。

 

(あの船団さえ・・・あの船団さえマルタに入港出来れば! そうすれば、まだまだ戦える! PA(ドイツ・アフリカ装甲軍:Panzerarmee Afrika)の補給線を断ち切れるのに・・・!)

 

マルタ島は地中海中部に浮かぶ英国領で、地中海の両端にジブラルタル・アレクサンドリアの両根拠地を擁する英海軍にとって、地中海戦略の要ともいうべき重要拠点だった。

同時に日英同盟により参戦していた日本にとっても、北アフリカでドイツのロンメル上級大将率いるアフリカ装甲軍の前に、地中海派遣兵団が英軍と共に苦闘していた。

 

その間接支援として、日本空軍遣欧航空兵団は戦闘機・攻撃機各1個飛行隊を割いて、マルタ島に駐留させていた。 

マルタ島は枢軸国のイタリアと北アフリカとの間にあり、ロンメル上級大将率いるアフリカ装甲軍への、補給線の真上に位置していたからだ。

特に今月にトブルクが再びドイツ軍によって奪回された。 ドイツ軍は次なる拠点エル・アラメインに迫っている。

 

(補給が無ければ、あの砂漠の狐親爺も、前進できっこないわっ!)

 

―――その点だけは、美園少尉も、他の誰もが誤解していた。 エルヴィン・ロンメル上級大将は確かに優れた戦術家だった。 だが、戦略家としての才能は持ち合わせていない。

 

そんな事を考えながら、船団上空高度5000mを左旋回しながら哨戒する事、20分。 ちょうど編隊が南―――ベンガジの方向を向いた時、第1発見者の声がレシーバーから飛び込んできた。

 

『―――1時、4マル(高度4000m)、敵戦26! こちらに向かいます!』

 

続いて第2報。

 

『―――2時、3マル(高度3000m)、軽爆27! 同じくこちらに向かいます!』

 

何て視力! 美園少尉は思わず発見した僚友の能力に感嘆する。 彼女がまだ、機数は何機だろうか? と、目を凝らしている内に、その機数と動向まで確認するのだから。

 

(・・・これが、本チャンってやつ!? 冗談じゃないわ! 私だって・・・!)

 

そう気負って見るが、陸上と違って標準にする目標が無い空中では、見渡しても区域がはっきりしない。 案外、視野を狭くする。 こればかりは経験のなせる技だ。 

昨年の8月に空軍航空予備士官学校女子部の教程を修了し、空軍予備飛行少尉に任官した後、練成部隊で腕を磨いてきたとはいえ、実戦はまだ3ヵ月の経験しか無い。

 

ポツポツと黒点が膨らみ、どんどん接近して来る。 いつもの事ながら全身に緊張と悪寒が走る、冷汗をかいているとは思いたくない。

各機が増槽を捨て始める。 美園少尉もそれに倣って、すっからかんになっている筈の増槽を切り離した。 機体が急に軽くなり、前のめりに加速する。

光学照準器のスイッチを入れ、機銃発射ボタンの連動スイッチを入れると、送弾帯の『ジー』という音がかすかに聞こえた。

 

『―――中隊長より各機、敵戦闘機はメッサー(Bf-190F)だ。 ハマりやがった、こっちが高度は上だ、連中、まだ気づいていない』

 

そうだ―――向うが気付いているならば、低高度の劣位戦を避ける為に上昇して来る筈。 その動きがまだないと言う事は・・・ええい! しゃっきり、しなさいよ、この3割頭!

敵戦闘機は、ドイツ空軍主力機のBf-109F。 高度を取られたら、とてつもなく手強い相手だ。 だけど今回はこちらが1000mは上方に位置している。

爆撃機は・・・単発、固定脚の小型機、Ju-87D、『シュトゥーカ』ね。 普段ならカモもカモ、撃墜数稼ぎの上客なんだけれど・・・

 

『―――いいか、シュトゥーカには構うな、メッサー(Bf-109F)だけを喰え! 下にはまだ、イギリスさんの軽巡が2隻に、駆逐艦が16隻の護衛部隊(A部隊)が居る! 

多少はアテにさせて貰う! 数じゃ、こっちはメッサーの半数以下だ! まともに組合うなよ? 縦方向の機動は、めっぽう強いぞ、あいつらは!』

 

『『『―――了解!』』』

 

『よぉし! 第2小隊、当番! 第1、第3小隊、寄れ!』

 

中隊長の宮部大尉は中隊を2分し、第2小隊4機に分離行動を取らせた。 戦況が小刻みに変化していく。

左旋回から右旋回に変えた12機の三式戦は、洋上を回避運動しつつある船団と敵編隊を交互に見つつ、その中間に滑り込む様に侵入した。

敵編隊に変化が見えたのは、その瞬間だった。 26機のBf-109Fのうち、8機が本隊から別れて上昇機動を取り始めたのだ。

 

『―――ハマりやがった! 2小隊、突っ込め! 1小隊、3小隊、敵の最後尾に突っ込むぞ! かかれ!』

 

『―――2小隊全機、いくぞ! 付いて来い!』

 

「―――了解! 高田上飛曹!」

 

『―――ケツ持ちは、任せて下さいよ、お嬢!』

 

その綽名を言うなぁ!―――美園少尉は内心で毒つきながら、操縦桿を目一杯押し込んだ。 第2小隊の三式戦4機が、殆ど垂直に近い角度で上昇中のBf-109F8機編隊に、上空から突っ込む。

その下、高度3000mにJu-87Dの編隊が見えた。 敵戦闘機隊は攻撃隊に近づけさせない為か、パワーダイブでの離脱を行っていない。

よしんば、ここでBf-109Fがダイブしても、降下速度がこちらの方が付いている、連中は逃げられない―――三式戦の降下性能は、Bf-109Fと比べても劣るものでないのだ。

 

グングンと敵機が近づいて来る、上昇中の8機のBf-109Fは美園少尉の正面160m、下方80m位まで近づいていた。 スロットル一杯で突っ込む。

時間にして0.5秒後、美園少尉は光像式照準器からはみ出す位になった敵機に向けて、機銃の発射ボタンを押していた。

短く連射2秒、銀色の光の矢は敵機のコクピット付近に吸い込まれる様に命中し、美園少尉機が衝突を避ける為に急旋回した直後に爆散した。

直ぐ様、左垂直急旋回。 垂直よりやや背面になる姿勢から、操縦桿とフットバーを巧みに使って機体を真横のままで右翼方向に前進しながらスーッと滑り上がらせた。

 

『―――お嬢、お見事! 1機撃墜確実、ですぜ!』

 

僚機の高田上飛曹の嬉しそうな声が飛び込んできた。 空軍設立時に海軍基地航空隊からから移籍して、早7年のキャリアを持つ26歳のベテランパイロット。

国共内戦での国民党軍支援では、大陸で共産空軍や蒋介石国民党軍との交戦経験もある。 既に地中海進出(194110月)時点で、個人撃墜32機の撃墜王だった。

そして美園少尉が今年の3月、マルタ島に着任以来、彼女の列機を務めている。 小隊長の摂津中尉にしてみれば、新品(新米少尉)を好きにさせては、簡単に死んでしまうから、と言う所だろう。

以来、彼は美園少尉の部下で有り、そして空中では全てにおいての師匠でも有った。 これ程のベテランの腕を盗める機会は有り難いが、『お嬢』と呼ぶのだけは、勘弁して欲しい。

 

「・・・慎さん、『お嬢』は止めてって、何度言えば・・・!」

 

『はいはい。 で、お嬢、小隊長が呼んでいますぜ?』

 

「・・・あっ!」

 

しまった!―――そう思った時には、もう小隊長の摂津中尉の怒鳴り声がしていた。 急降下からの一撃離脱後は、垂直急上昇で小隊集合だと言うのに!

 

『―――掻き回せ! 掻き回せ! 落とさなくても良い、乱戦にしろ!』

 

中隊長の宮部大尉の声も、やっと耳に入って来た。 それだけ攻撃に緊張して、我を忘れていた証拠だった。 独りコクピットで赤面しながら、美園少尉が強がった声で返した。

 

「わ、判っている! 3番機、付いて来い!」

 

『―――了解!』

 

2分隊の2機がようやく第1分隊と合流した。 高度5000m、眼下には回避運動と対空射撃を続ける英艦隊が見える。

前後左右、上下に忙しく顔を向けて戦況を把握する。 10本の黒煙が真っすぐ海に落ちている、撃墜した敵機だ。 第1、第3小隊の8機は優位な高度を生かして、敵を攪乱している。

 

『―――1小隊、3小隊、続いて掻き回せ! 2小隊、そのままシュトゥーカに突っ込め! お船を助ける! どうやら3中隊の到着が遅れそうだ!』

 

後続で来る筈の、第2中隊の三式戦・12機の到着が遅れるらしい。 それを待っていたら、船団の被害が増えるばかりだ。

 

『―――撃墜せんでもいい! とにかく、投弾させちまえ! 爆弾落とした後のシュトゥーカなんぞ、何の脅威にもならん!』

 

『―――2小隊、了解。 よぉし・・・続け!』

 

 


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クーデター編 騒擾 4話

クーデター編


2001年12月5日 0650 日本帝国 帝都・東京 九段 東京偕行社


皇城『以北』の地域を掌握した、と発表した仙台臨時政府。 その臨時政府はつい5分前、日本帝国全土に対して『国家緊急権』の発動を宣言した。
これにより、帝都周辺―――関東地区の行政権・軍事権・司法権は全て『戒厳司令部』が担う事となった。 ほぼ関東圏内で、最高の権限を有したと言ってよい。
その戒厳司令官に任ぜられたのは、軍事参議官・間崎勝次郎帝国陸軍大将、その人であり、 ここは臨時の戒厳司令部所在地として指定した、東京偕行社迎賓室である。

「国連軍への根回しは、どうか?」

「はっ。 後方支援軍集団を経由し、米軍進駐基地の変更を捻じ込んでおります」

「ふむ、それで良い。 仮にも『あの計画』には、我が帝国の巨額の歳費が、毎年投入されておる・・・その果実までも、あのユダヤの老人に呉れてやる必要はない」

首席副官の報告に、重々しげに頷く間崎大将。 確かにある種の『密約』は、あのユダヤ系の老人を通じて米軍―――米国の一部勢力と交わしている。
しかし、だからと言って、それまで反対の立場を(公に)取っている国に、『あの計画』まで手を突っ込ませる許可を出す謂れはないし、義理も無い。

「次に―――SOCOMですが・・・」

「うん・・・? おお、第7艦隊にくっついて、何やら画策している連中か。 ま、大方のあらすじは見えるがの・・・」

「はい。 情報本部(国防省)、憲兵隊公安情報部(国家憲兵隊)は、以前からマークしておったようです。 特高(特別高等公安警察)の外事2部、情報省の外事本部もどうやら・・・」

「ふむ・・・岸部(岸部多門海軍大将・国防省情報本部長)も、右近充(右近充義郎陸軍大将・国家憲兵隊副長官)も、雲隠れしておる。 その線は無理か・・・」

「特高、情報省も共に。 ですが、完全ではありませんが、戒厳総司令部権限で情報の提示を行わせました。 概要はこれに」

副官から手渡された分厚い資料の束。 その最初に各情報機関が集め、分析した概要が記されている。 一瞥した後、間崎大将は微かに苦笑して、独り言のように言った。

「・・・馬鹿にしたものではないのぅ・・・まさに、紙一重の差じゃったな・・・」

そこには米国―――CIAと、それに対立するDIA、そして各々の勢力が工作していた行動の、かなり詳しい部分にまで突っ込んだ概要が記されていた。
その情報から、カウンター工作が行われていれば、国内での『排除対象』の筆頭は間崎大将、その人自身であったことが容易に類推される。 まさに紙一重のタイミングだった。

ファイルを閉じ、暫く沈黙していた間崎大将は、不意に話題を変える為に、全く別の話を副官に振った。

「・・・1939年から1944年までの5年間の大戦で、自然死や事故死以外で、何千万人が死んだか知っておるか?」

「確か・・・最小で5000万人、最大で8500万人だったかと」

その戒厳司令官室と化した、かつての迎賓室。 腹心の参謀中佐に、間崎大将はボソリと呟くように問いかけていた。

「そうだ。 1940年の世界人口統計は約23億人。 世界人口の2.2%から最大3.7%が、5年間で死亡した。 因みに8500万と言う数字は、紀元前7世紀頃の世界人口だ」

「・・・年間で、1000万から1700万人が死亡、ですか」

「1914年から1918年までも、3700万人が死亡しておる。 4年間で3700万人、年間925万人じゃ。 1914年から1918年、1939年から1944年までで、実に最大1億2200万人」

第1次世界大戦(1914年-1918年)、第2次世界大戦(1939年-1944年) この2大戦の10年間で、軍民併せて実に1億人以上が犠牲となった。
この2つの世界大戦は人類の歴史上、最も犠牲者数が多い戦争の1つと、双方とも位置付けられている。 平時の世界平均死亡率は約10%程であった。
もしも戦争が無ければ。 もしも戦火に晒されなければ。 そう言った理由で、世界人口の死亡率が2%から最大4%も増大したのだ。

「そして1950年の世界人口は25億人。 1955年には27億8000万人、1960年には30億人に達した・・・」

「1965年に33億5000万人、1970年には37億人。 そして1973年には39億4000万人に達し、翌1974年には40億を突破すると予想されておりました・・・」

1974年―――人類にとって、否、この地球上のすべての生命体にとっての悪夢。 BETAと言うファクターの降臨の年である。

「そうだ。 じゃが実際には、1974年末の国連統計では、世界人口は27億6000万人・・・世界中に衝撃が走りおったわ」

前年度より、世界人口が11億8000万人の減。 この数字は、1810年代の世界の全人口数に匹敵する数字である。








2001年12月5日 0653 日本帝国 帝都・東京 某所


「・・・当時のソ連軍の総兵力は約500万。 他に内務省系の国内治安軍が約100万の、総数600万ほどだった。
中共も400万は兵力が有った。 他にゲリラ戦要員の民兵が1000万人ほどな。 もっともこれらは小火器しか持たぬが」

国家憲兵隊司令部から極秘脱出を果たした、右近充国家憲兵隊副司令官―――右近充陸軍大将は、様々な機材で埋め尽くされた極秘の予備指揮所で、傍らの部下にそう言った。

「それら、全てが死んだとしましても、たかが2000万人程度。 11億8000万人には、遠く及びませんな」

「・・・カシュガル周辺・・・中共が言う『新疆ウイグル自治区』、地理的には天山山脈の南側、古の天山南路のオアシスルート。 その北、天山の北は草原地帯・・・」

右近充大将の言葉を、脳裏の地図に照らし合わせた腹心の憲兵大佐―――国家憲兵隊特殊作戦局作戦部長が、上官の言葉を更に展開する。

「南はカクラマカン砂漠と、東は青海省から広がる広大なチベット高原。 西はカラコルムとパミールの高みを望む大山脈地帯。 越せばカザフの大平原・・・ですな」

「北西は、アルタイ山脈を越してモンゴル高原に至る・・・判るか?」

「中ソの全軍が死に絶えたとしても、未だ国連発表より11億6000万人ほど、足りませんな。 先ほど上げた地域は、古来より人口の希薄な地域です。 11億もの人口は・・・」

「そうだ、居なかった。 精々1億人が居たかどうかだ。 では、残る10億6000万人の死者は、どこだ?」

人口の希薄な中央アジア。 乾燥と、実は肥沃な土壌が果てしなく広がるステップ地帯。 だがその周辺には、人口密集地が迫っている。

「BETAは既に、一部はパミールを越してカザフから南下して、イラン高原からヒンドゥークシュに。 西は青海を越して蘭州、そして黄河の大屈折部に・・・」

「ソ連領内では、いよいよ北上しかけていた―――焦土作戦と、先制戦術核攻撃。 『予防防御』の名のもとに、知らぬ間に8億人からが自国の熱核兵器に焼かれて死んだ・・・」

1973年から翌74年にかけての、BETAによる直接の犠牲者数は実の所、2億人を超していない。 これは国連も公には秘している数字だ、実際には1億前後と言われている。
そして大混乱の最中での餓死・病死・負傷死が2億4000万から2億6000万人。 そして熱核兵器の先制『予防攻撃』で生きながらに焼かれ、蒸発して死んだ者が約8億人。
ヒンドゥークシュ、蘭州、黄河大屈折部・・・大人口地帯が軒並み、熱核兵器で焼き滅ぼされた―――国連上層部、各国政府と、軍部の上層部しか知らない、極秘の情報である。

「・・・所で、皇城との連絡は確立したか?」

いったん話題を切って、右近充大将は腹心の憲兵大佐に確認する。 あそこには、日本帝国にとって『憲法以上に』精神的な影響力を有する尊き御方が座しておられる。

「先ほど、禁衛師団司令部とのホットラインを確立させました。 内府との中継をしてもらいます」

「うん・・・元老・重臣の方々がおられればな。 おい、誰か潜り込ませるか?」

「既に連絡要員を、向こうに。 貴族院各議員の周辺にも、クーデター部隊に気取られぬ程度で、監視を」

元老・重臣の方々は今の所、統制派と利害が一致している。 内府(内大臣)もこちらの橋渡しをしてくれるだろう。 そして政威大将軍の任命・罷免権は大権(皇帝の権限)だ。

「よし。 エス(S:特殊作戦群)は形式上、『むこう(戒厳総司令部)』に握られているからな。 こちらは自前の手札で動くしかない。
近藤(近藤正憲兵大佐:特殊作戦局作戦部長)、貴様の5AGB(第5武装憲兵旅団)は即応能うか? だせる部隊は?」

5AGB―――国家憲兵隊第5武装憲兵旅団は、その麾下に空挺連隊、海上機動連隊、特殊介入任務部隊(GISIG)を置く、治安即応特殊作戦旅団だ。 事実上の特殊任務部隊。
他の旅団―――第1から第4までの武装憲兵旅団は、野戦憲兵であると同時に、陸軍の第一線級機動歩兵部隊と比べても、全く遜色が無い程の重装備の機械化歩兵部隊だった。
装甲戦闘車を始めとする戦闘車両、自走迫撃砲、戦闘・汎用ヘリ改造のガンシップを有する。 個人装備も自動小銃や分隊支援火器。 それに重機や中MAT、重MATまで配備される。

対して、第5武装憲兵旅団は陸海空、3種の特殊作戦行動が可能な、完結した行動能力を付与された治安即応特殊作戦旅団として編成されている。 その規模は『S』より大きい。

「GISIG(武装憲兵隊特殊介入任務部隊)3個中隊、空挺連隊の2個中隊なら即応。 他は2時間待機。 海上機動連隊は海軍との調整後です」

「うん―――偵察隊を何個か横須賀・・・SOCOMに張り付かせておけ。 あと、米国大使館と総領事館にもな」

「了解です」









2001年12月5日 0656 日本帝国 帝都・東京 九段 戒厳総司令部(東京偕行社)


「1年間に、実に12億人弱! 両大戦の9年間、人類が愚行の限りを尽くし、殺し続けた人口の実に10倍じゃ。 儂はな、人類に恐怖する・・・人類の内なる怪物にな」

「・・・怪物、ですか?」

「そう、怪物じゃよ。 無限の不感・・・『自分に降りかからない』、それだけで人類は、底の抜けた不感を発揮しおる。 1973年の世界人口は、39億4000万人・・・」

2001年現在、国連発表の世界人口は10億9300万人。 アフリカ4億2000万、中南米2億3500万、北米1億7000万、オセアニア3800万、アジア全域2億3000万。
アジアの半数近くがインドネシアで1億人。 次いで日本の6200万人、フィリピンの5000万人。 残り1500万の内、台湾600万人を除く1200万人がインドシナ・インド系。









2001年12月5日 0658 日本帝国 帝都・東京 某所(国家憲兵隊予備指揮所)


「出生率と死亡率を少し調べれば、その不自然さがよく判る」

指揮センターの各種大画面情報を眺めながら、右近充大将は最早、独り言のように淡々と話している。 その内容は戦慄すべき内容だったが・・・

「実の所、この30年近くの間に、実際にBETAに食い殺された世界人口は10億人を下回る。 40億に達しよう人口が、人類自身の手で、殺され続けてきたのだ。 
難民による進撃路の渋滞阻止、戦略的遅延作戦、先制攻撃、軍事的予防措置・・・餓死、病死、負傷死・・・治安悪化による犯罪死、軍事秘密の名の下の人体実験・・・」

「1980年代後半、欧州とアフリカの難民キャンプでは、対BETAウイルスと言う荒唐無稽な発案の名の元に・・・
広範囲な生物兵器の散布実験が極秘で行われましたな。 その結果の死者、欧州で3200万人、アフリカで6100万人・・・」

「ふっふ・・・これが人類だ。 人類の無限の不感の闇の深さだ」





帝都・東京 九段 戒厳総司令部(東京偕行社)


「BETAなぞ、ちょっとしたきっかけに過ぎんのじゃよ」





帝都・東京 某所(国家憲兵隊予備指揮所)


「人類は己の闇の深さに、嵌まり込んでいる・・・」





帝都・東京 九段 戒厳総司令部(東京偕行社)/某所 国家憲兵隊予備指揮所


『『―――無限の不感・・・と言う、己の闇の深さに。 宜しい、始めようじゃないか、その無限の不感の宴を』』









2001年12月5日 0710 日本帝国 神奈川県横須賀市 国連軍太平洋方面総軍第11軍 国連軍横須賀基地


「・・・厄介者を押し付けてきたな、日本政府は」

浅黒い顔が、苦々しげな表情になり、呟く。 国連軍横須賀基地司令官を務める、トラン・ヴァン・タン国連軍少将。 南ベトナム軍―――大東亜連合軍からの出向組だ。
3個戦術機甲大隊、3個機甲大隊に4個機械化歩兵大隊、4個装甲歩兵大隊と3個自走砲大隊、他の各種支援部隊・・・1個師団強の戦力を有する横須賀基地の司令官である。

その目前には、洋上からランディングを決める戦術機の群れ。 大東亜連合軍主力のF-18Cホーネットでは無い。 
導入を始めたばかりの最新鋭機、F-18Eスーパーホーネットとも無論違う。 大東亜連合軍の数的な現主力戦術機、F-5EタイガーⅡでもない。
そしてこの基地の戦術機部隊の数的主力、中国の殲撃11型 や、台湾が導入を始めた日本製のType-94Ⅱでもない。

「ふん・・・ストライク(F-15Eストライク・イーグル)に・・・事もあろうか、ラプター(F-22Aラプター)とは! 美国(メイグォ)も、そろそろ形振り構わず、ですね」

「・・・君としては、情報収集の良い機会ではないかね?」

「閣下、そのお言葉、そっくりお返し差し上げますわ」

「やれやれ・・・中佐は手厳しい。 中国美女は、見かけとは反対だな」

「今の世に、男だの、女だのと・・・」

轟音を上げて着陸する『国連軍』所属の戦術機群―――その実態は、沖合の米太平洋艦隊から発艦した米陸軍の3個戦術機甲大隊。
当初は国連軍横浜基地へ進出する予定だった。 が、日本政府経由で国連軍後方支援軍集団から、太平洋方面総軍へ『待った』が掛った(横浜基地の上級司令部は、後方支援軍集団だ)
如何な米軍とて・・・いや、『大義名分』が欲しい米軍と米国だからこそ、この『組織論的正論』には逆らえず、当初の予定を変更して国連軍横須賀基地への進出となったのだ。

「ま、日本政府の立場も判る。 米軍を横浜に入れるのは、鶏小屋に鼬の群れを放つに等しい。 少しでもまともな頭ならば、この横須賀を生贄にする」

「お蔭様で、こちらはパニック寸前ですが・・・部下達の指揮に戻ります、司令官」

「うん。 ま、お客様には適当に、粗相の無いようにな・・・こちらから鼬を放つのは、一向に構わん。 この辺には野生化したのが多い」

「・・・はっ」

ふん、狸め―――内心で軽く毒つきながら、横須賀基地戦術機甲隊司令・兼・作戦参謀の周蘇紅国連軍中佐は、駐機場に並ぶ戦術機をチラッと眺めて、更に毒ついた。

(―――ラプターだと? ラプターだと!? くそっ! 連中、いよいよ本気なのだなっ!?)

本来の母国軍―――今は台湾に『間借り』している中国人民解放軍。 そのルートから密かに流れてきた極秘情報。 クーデター部隊の裏には、カンパニーの非合法作戦が有る、と。
部下の大隊長たちが監視を行っている管制塔へ赴く前に、周中佐は戦術機ハンガーに立ち寄った。 部下の整備下士官を呼ぶ―――人民解放軍総参謀部第1部が送り込んだ男だ。

「劉軍士長(三級軍士長=軍曹に相当)、塩梅はどうか?」

「中校殿(=他国の中佐に相当)、美国(メイグォ=米国)が戦場宅急便で送りつけてきた機材の中に、美味しそうなものが有りました」

「ふむ?」

劉軍士長はノート型の端末から、横須賀基地の兵站管理サーバーへ“ハッキング”を仕掛けていたのだ。 その中には米第7艦隊から送りつけられた機材のリスト詳細情報もある。
そして劉軍士長は、端末画面の情報リストを再表示させると、その中に記されたいくつかのリストを指で差し示した。 が、生憎と周中佐は、そこまで専門的な知識は無い。

「これは―――『IRCサーバー』です。 『指令サーバー』とも言われます。 こいつから『ボットネットワーク』を通じて、外部端末をウイルス感染させます」

「ふむ・・・」

「感染した外部端末は、『ゾンビ』となります。 『ゾンビ』は『ハーダー(HERDER)』の指令の通り『IRCクライアント』となり・・・ま、唯々諾々と従います」

どういう事だろうか? 米軍は日本政府、或は軍部のネットワークに侵入でも? いや、その類の仕事は別の部署が日々、ネットの世界での戦争を繰り広げている。
例え同盟国であっても、情報の世界は味方とは言えない。 いや、誰が味方で、誰が敵と言うのでもない。 ましてやそれが、ネットの海の中で事なれば、尚更・・・

「美味しそうと申しましたのは、こいつが米軍のコペルニクスC4IコンセプトのCTP(戦術レベル共通戦術状況図(CTP)生成システム)のデータリンク・サーバーの予備なのです」

「・・・何だと?」

「しかも・・・こいつはTSF(戦術機甲部隊)用の、です。 プログラムの中身までは、潜り込めませんでした。 ですが自分の感では、こいつはクラッキング系じゃないかと」

「システムをか? いや、違うだろう。 それだと匿名性が危ぶまれる・・・」

「多分、CTPシステムを通して、機体自体に何らかのクラッキングを・・・と考えますがね。 システム全体だと、中校殿の仰る通り、匿名性もあったモノじゃない。
持続性のあるケースも、リスクが大き過ぎる。 恐らくは一発勝負、使い捨て―――バックアップサーバーにしておき、何等かの機会にバックアップ系に切り替える」

「その時点で、相手先に送り込まれる?」

「と言うより、起動コードか何かの承認・・・じゃないでしょうか。 例え戦術機だとしても、こんな後方からクラッキングしても案山子にゃ、できませんし」

「・・・」

しばらく考え込む、周中佐。 これは―――このカードは、どう切るべきだろうか? エースか? それともジョーカーか? いやいや、その前に・・・

「・・・何とかして、プログラムまで潜り込めないか?」

「無理です、ネットワークにサーバー本体が接続された後でないと。 それでも、余程腹を据えないと。 それと腕前―――ケビン・ミトニックでも呼びますか?」

「・・・FBIの協力者を? 逆に我が軍がクラッキングを受けるぞ?―――下村努でも良いな。 是非、我が軍にスカウトしたい・・・無理か」

全米で最も有名『だった』クラッカーと、その好敵手だったコンピュータセキュリティの専門家の名を、苦笑と共に否定する周中佐。 
方や、今はクラッカーからセキュリティ側へと転身し、在米中国公館からのネットワーク侵入を防いでいる男。 
方や19歳でロスアラモス国立研究所のコンピュータ部門で、ハッカー対策に従事し、今はUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)の主席特別研究員の物理学者。

「・・・ここで、誰かが、誰かを、案山子にしたい」

「恐らく」

やはりこれは、ジョーカーだ―――周中佐は、出来れば最後まで切りたくないカードだ、そう思った。 同時にカンパニー(CIA)の無節操さには、いい加減に腹が立つ。

(火遊びは、自分の箱庭でやれ! 自国の勢力圏だとうそぶく、カリブ海や中米でな! 大人の遊び場の極東で、アイビーリーグの坊や共を野放しにするな!)





同刻 国連軍横須賀基地 管制塔


「・・・ふぅ~ん? ま、『訓練上手』がどこまでやるか、お手並み拝見?」

「文怜、そんな暢気な状況じゃないわよ?」

「だからって、焦っても仕方ないわよ? 美鳳。 ね、そう思わない? 珠蘭?」

「・・・私に振らないで・・・」

管制塔から米軍部隊の進出を監視していた3人の女性士官たち―――横須賀基地第206戦術機甲大隊長・趙美鳳少佐。 第207戦術機甲大隊長・朱文怜少佐。
そして最近赴任してきた、第208戦術機甲大隊長・李珠蘭少佐。 趙少佐と朱少佐は中国軍からの、李少佐は韓国軍からの出向組だった。

「物量にモノを言わせた大規模制圧砲撃の後で、これまた砲戦主体の集団戦がお得意の米軍部隊よ。 美鳳、米軍のドクトリンは?」

「・・・『敵の6倍の兵力と火力を、1点に集中せよ』、だわ」

「でしょう?―――この狭くて地形変化に富んだ日本の土地で、果たして・・・? うふふ」

「はぁ・・・人の悪い人相になっているわよ、文怜? どうしたの? 固まって・・・珠蘭?」

「あ・・・いえ、ね・・・文怜って、こんな性格だったかしら、って・・・」

引き攣った笑みを浮かべる李少佐。 趙少佐や朱少佐とは、古い戦友同士なのだ。 だが、その戦友の1人が、こんな性格だったとは・・・?

「・・・朱に交われば、ってやつよね・・・」

「あ・・・なんとなく、納得・・・」

3人に共通の友人たちの顔を思い浮かべ、苦笑気味に納得する李少佐。 その友人たちはどうやら今回のクーデター騒ぎ、敵味方に分かれて対峙していると聞く。
その時、管制塔の入り口から彼女たちの上官が姿を見せた。 戦術機甲隊司令・周蘇紅中佐だ。 ズカズカと入ってくると、3人の部下達に肉食獣の牝の様な表情で言う。

「―――なるだけ、連中の足を引っ張ってやれ。 方法は任せる」

「・・・本国の指示ですか?」

いきなりの物騒な上官命令に、慣れたつもりでも一応、確認を取る趙少佐。

「台北(統一中華戦線総司令部)と、マニラ(亡命韓国政府軍司令部)からだ。 ガルーダスも同意だそうだ。 この国の統制派からもな」

「あ~・・・統制派って、やっぱり逃げ延びていました? まるでゴキブリ並のしぶとさだわ・・・」

「文怜、言葉! 中佐、壊滅させても?」

「構わん。 どうせ、カンパニーの非合法作戦部隊だ」

そこでそれまで口を挟まなかった李少佐が、断りを入れる。

「ラプターは日本軍に回しますが? 流石に『アレ』を相手に遊べませんし」

「構わんよ、李少佐。 ストライク(F-15E)2個大隊、こいつらを混乱させてやるだけで良い」

「「「―――了解」」」

国連軍も、一枚岩ではない―――元々が、戦勝国の利権分配目的で、前大戦後に結成された組織だ。 今でも国際利権の談合組織の側面を、強く有している。

「どうせ、最終的にクーデター部隊は鎮圧される。 なら―――恩は高値で売り付けるべきだ。 我々、亡国の民にとってはな」









2001年12月5日 0725 日本帝国 帝都・東京 日本帝国陸軍・戸山陸軍軍医学校練兵場


今は第15師団A戦闘旅団の臨時司令部が置かれている、戸山陸軍軍医学校。 その一角に使用されていない大講義室が有り、そこには臨時の指揮管制所が設置されていた。

「すまないわね、呼び出して」

「いや、構わないが・・・だからと言って、暇にしている訳じゃない」

「判っているわ、『前線』の大隊指揮官の多忙さは・・・」

その指揮管制所脇の小部屋に、周防直衛少佐が呼び出されていた。 相手は旅団情報参謀の、三輪聡子少佐。 普通に大隊指揮官と旅団参謀だが、特に個人的に親しいと言う訳でない。

「師団経由の情報なのだけれど・・・矢作さん(第15師団第2部長(情報・通信)・矢作冴香中佐)から、一報入れておけ、とね・・・市ヶ谷の状況よ」

三輪少佐は、そこでいったん言葉を切った。 相手の様子を確かめている様だ。 だが相手―――周防少佐に表情の変化は特にない。
軽くため息をついて、話を続けようとする。 同時に、彼の様な野戦で戦い続けてきた上級野戦将校の精神構造は如何なるものか・・・知りたいとも思わないが。

「基本は後方勤務者ばかりだから・・・そう激しい抵抗は無かった様ね。 でも数か所で『手違い』が生じたそうよ」

その言葉に、周防少佐は初めて、微かに眉をしかめて表情の変化を見せた。 が、相変わらず無言のままだ。 三輪少佐が話を続ける。

「特に国防省兵器行政本部と機甲本部、それと統帥幕僚本部の第2部(国防計画部)。 ここで小規模な銃撃戦が生起したとの情報が」

「・・・兵器行政本部、機甲本部、統幕2部」

ようやく、周防少佐が声を出した。

「行政本部と機甲本部を制圧した部隊は同じ。 両方とも、制圧部隊の指揮官は陸士卒業したての、若い少尉達だった様ね。 諭されて、逆上したと言うのが本当の所の様だけれど・・・」

兵器行政本部・河惣巽中佐、三瀬(源)麻衣子少佐、死亡(殉職)。 統幕2部・藤田(旧姓:広江)直美大佐、機甲本部・綾森(周防)祥子少佐、負傷・拘束・・・

「旅団長(藤田伊与蔵陸軍准将)には、先ほど報告したわ。 顔色も変えずに『ご苦労』とだけ、ね・・・」

探る様な視線を向けてくる三輪少佐。 その視線に対し、周防少佐は・・・

「―――ご苦労、三輪少佐。 続報が有れば、随時頼みます」

それだけだった。 疲れた表情で苦笑する三輪少佐。 そして敢て聞いてみた。 自分の様な予備の情報将校ではなく、正規教育を受けた正規将校の心の内を。

「・・・機甲本部の綾森少佐は、周防少佐の奥様なのでしょう? 亡くなった三瀬少佐や、河惣大佐とも親しいと聞いているわ。 統幕の藤田大佐も・・・どうして・・・」

どうして―――どうして、そうも無関心なのか? 先ほどの旅団長の藤田准将もそうだった。 統幕の藤田大佐は、旅団長の奥様だ。 そして今の周防少佐も。

「・・・憤激して、悲しんで、慟哭すれば生き返るのか? だったら、幾らでもそうする」

だが、それは無理な話だ。 それを骨の髄まで味わされてきた、死ぬときは、ほんの一瞬の事で、それは唐突にやってくるものだと。
それに、身内や親しい者の死に、都度感情を乱していては戦場で生き残れない事を。 そして部下を余計な死に追いやると言う事も、身に沁みて知っている。

「・・・生きていれば、どうにかなるだろう。 死んだ者には哀悼を―――それだけだ」





練兵場の広大な敷地には、かなりのスペースを増援の戦術機部隊が占めている。 部隊章が異なる―――第14師団の所属機だった。

「―――おう、周防」

練兵場に出てきた時、周防少佐は背後から声を掛けられた。 振り返るとそこに、見知った旧知の人物が、やや憮然とした表情で立っていた。

「・・・木伏さん。 14師(第14師団)の先遣隊か?」

「そうや―――第141戦術機甲連隊第2大隊、ワシの大隊や。 他に機甲、機動歩兵と機械化装甲歩兵が各1個大隊。 
他に何やかや・・・とりあえず、そっちのA戦闘旅団の臨時指揮下に入る事になったわ。 ま、宜しゅう頼むわ」

これで第15師団A戦闘旅団は、実質的に師団相当の戦力を有する事となった。

「それとな・・・お前、もう聞いとるか? 市ヶ谷の事・・・」

「さっき・・・旅団G2から」

「そうかぁ・・・」

死亡した河惣大佐と三瀬少佐、負傷・拘束された藤田大佐は、木伏少佐にとっても旧知の・・・元上官であり、年下の元僚友でもあった。

「技本(技術研究本部)審査部には、情報はまだやろうが・・・源がなぁ・・・」

源雅人少佐―――殉職した三瀬少佐の夫君であり、周防少佐や木伏少佐の古い戦友である。 今は技術研究本部審査部で、戦術機試験大隊を束ねる腕利きの衛士だった。

「俺の女房は・・・負傷・拘束されたらしいですが・・・死んでいません。 でも、源さんは・・・三瀬さんは・・・」

皆、周防少佐が9年半前の新米少尉の頃から、共に戦ってきた先輩たちだった。 助けられ、教えられ・・・時に助け、共に戦い抜いて来た仲間だった、親しい友人だった。

「やっとれんわ・・・直接やないにせよ、久賀がな・・・」

久我直人陸軍少佐―――今回のクーデター、その実働部隊の指揮を担う、クーデター将校の中心人物の1人。 周防少佐の同期の親友で、木伏少佐の年少の元僚友だった人物。

「河惣さんにせよ、三瀬にせよ・・・お前の女房にせよ・・・天下泰平を言うんやったら、相手が違ゃうやろうが・・・」

「河惣さんは随分前に、三瀬さんも・・・実質は戦術機を降りていた。 今は兵器行政の技術将校、そんな道だった・・・」

「お前の女房もや。 藤田さんは・・・統幕の国防計画課長やからな。 ある意味、連中にとってターゲットかと言うと・・・確かにそうやが」

「久賀にせよ・・・中心人物の沙霧にせよ・・・言葉と本音が、乖離している気がしますよ」

「そんなもん・・・ちょっと広く見えるモンやったら、誰でもそう思うわな。 将軍サンが親政したら、佐渡島を奪回できるんかい? 鉄原を陥せるんかい?
大陸のハイヴを攻略できるんかい? 日本中の・・・世界中の難民を、どうにか出来るんかい?―――できへんから、どこの国も必死になっとんのや」

統制派にせよ、国粋派(の上層部)にせよ、行き着くところは極端な国家統制―――国家全体主義だ。 それを『挙国一致体制』を言い換えれば、少しは表現が和らぐ。
だが、それが事実だ。 国家全体主義体制の元、対BETA戦争に全てのソースを注ぎ込む。 生き残る為に。 それ以外の目的は不要だ。

「確かに多くの難民は、えらい難儀しとる。 それは判るわ。 でもなぁ・・・それを憐れんでも、慈悲を掛けても、何の解決にもならんのや―――お慈悲は大罪やで」

「・・・それを理解できないから、あの若い連中は暴走した。 連中の馬鹿さ加減は―――その命で贖えます。 が・・・あの2人は・・・」

「沙霧はのう・・・黒い噂もチラホラしとる。 久賀は・・・あいつだけは、判らん、見えん・・・あの阿呆が!」









2001年12月5日 0735 日本帝国 帝都・東京 高田馬場~早稲田封鎖線 第15師団A戦闘団


「なあ・・・本当に、本当に『皇軍相撃つ』なんてさ、有るのかよ・・・?」

「俺が知るかよ・・・」

「第1師団には、同期が居るのよ・・・同郷の娘なの、幼馴染なのよ・・・そんな事、したくないわ・・・」

「でも・・・もし命令が下れば・・・」

「そんな・・・同じ軍よ!? こ、殺し合うの・・・!?」

少しの間、沈黙が続く。 やがて童顔の、未だ少年の面影を残す(年齢も未だ少年だ!)年若い新米衛士の少尉が、ぼそりと呟いた。

「・・・大隊長、命令下すかな・・・」

その一言に、年若い少尉たちは黙り込む。 彼らにとって、少佐で、大隊長と言う存在は十分『お偉いさん』だ。 しかも彼らの大隊長は、92年から野戦将校として戦っている。
戦場では常にその姿を仰ぎ見て、心強く想い、安堵する存在。 同時に少し『以上に』おっかない存在でもある。 が、今は歴戦を潜り抜けてきた、その現実主義さが不気味に感じる。

「大隊長だって・・・小耳に挟んだんだけどさ。 反乱部隊の指揮官の1人が、大隊長の同期生だって・・・」

「き・・・きっとさ、説得するわよ! ほら、同期生なのだし・・・!」

「う、うん・・・」

対人戦闘―――対BETA戦闘とはまた違った恐怖感を覚える。 BETAはまるで、意思の無い暴虐な暴力装置だが、対人戦闘ははっきりと『人の殺意』を感じてしまう。

「―――おい、こら! 今は警戒待機中だぞ! 自分の小隊に戻れ!」

突然、背後からの怒声にビクッとして振り返る新米少尉達。 そこには第2中隊第3小隊長の半村真里中尉と、第3中隊第3小隊長の楠城千夏中尉が睨みつけていた。

「しょ・・・小隊長・・・!」

「や、やば・・・!」

焦っている新米少尉達―――指揮小隊の宇嶋正彦少尉、第1中隊の大野格少尉、第2中隊の矢野桃子少尉と藤野和美少尉、第3中隊の久瀬保少尉と浅岡理恵少尉の6人。
彼らは衛士訓練校第27期A卒。 衛士訓練校開校以来、初めて同期生の数が3000名を越した期だった(例えば大隊長の周防少佐の第18期A卒だと、同期生は368名だった)
今年の3月に衛士訓練校を卒業後、半年間の錬成部隊での実戦訓練を経て、この9月末に大隊に配属されたばかりの新米衛士達。
今日の戦闘で、第1中隊の三輪陽子少尉が戦死し、第2中隊の段野吾郎少尉が負傷―――同期生が傷つき、死んでいった様を見せつけられたばかりの若者達だ。

「ほらほら! 愚図愚図するな! それとも何? 自分トコロの小隊長も呼んでくる!?」

楠城中尉が脅しをかける。 半村中尉の小隊の矢野少尉と、楠城中尉の小隊の久瀬少尉と浅岡少尉の3人は、諦め顔だ。

「「「「いっ、いえ! 中尉殿!」」」

条件反射で直立不動の姿勢をとるモノの、どこか先程の蟠りが捨てきれない。 指揮小隊所属の宇嶋少尉が、恐る恐る、と言う風で2人の中尉に聞いて来た。

「あ、あのう・・・半村中尉、楠城中尉・・・お聞きしたいことが・・・」

「ああん? お前のトコの北里さん(北里彩弓中尉・大隊指揮小隊長)に聞け」

「まあ、まあ、半村ぁ、そう邪険にしなくっても良いじゃん。 で、何? 宇嶋」

宇嶋少尉は他の同期生たちと顔を見合わせ、思い切って言葉を吐き出した。

「あの・・・もし、もしもですが・・・『そうなったら』・・・大隊長は、その・・・攻撃命令を・・・?」

「―――出す」

「出すわね、大隊長は」

「でっ、でもっ! お、同じ皇軍ですよ!? ど、同期生たちだって・・・!」

若い少尉達の中で、更に一番年若い(3月の早生まれ)矢野桃子少尉が、必死になって言い募ろうとするが・・・

「―――相手は『反乱軍』だ。 鎮圧するのに、容赦は不要だ」

「小隊長・・・」

半村中尉の小隊の、矢野桃子少尉が絶句する。 普段はやや『ちょっと不良な』感じの上官だが、決して部下には無理をさせない、実の所頼りにしている隊長だったのだ。
その隊長が、『容赦は要らない』とはっきり断言したことに、若いと言うよりまだ『幼い』感じが残る矢野少尉はショックを受けたようだった。

「・・・お前たちは、まだ何も考えるな。 BETAと同じだ、意思の無いBETAと同じだ。 考えるな、想像するな―――その時は、絶対にそうしろ、いいな!?」

半村中尉の、予想外に強い口調に呑まれる新米少尉達。 その横から楠城中尉が口を挟んだ。

「ま、アンタたちは、命令をしっかり守って、指示された通りに動く事。 それだけを考えなさい、心がけなさい―――相手がどうこう、そんな事今は、上官に丸投げする事よ」

どうせ、ひよっ子達がウジウジ考えても、解決なんてしやしないからね―――そう言うや楠城中尉は、少尉達に隊に戻るように指示をして、半村中尉と戻って行った。





「半村ぁ、アンタ、相変わらず言葉足らずよねぇ?」

「・・・うるせぇ」

同期同士の2人の中尉達は、周辺監視の傍ら、偶々あの少尉達を見つけたのだったが―――確かに経験不足の年若い少尉達にとっては、今の状況は不安だろう。

「俺らに、あれ以外、何て言えばいいんだよ・・・?」

「・・・言う言葉は無いわね。 所詮、私らだって下っ端なのだし」

「せめて・・・せめて、中隊長からでも、説明欲しいよなぁ・・・」

今後の取り得る行動について。 はたして『皇軍相撃つ』事が有るのか否か。 彼らとて、昨日今日、任官した新米では無い。 既に戦場を何度も経験している。
いざと言う時の覚悟位、出来るポジションに居るのだ。 そしてそれぞれが率いる3人の部下たちの不安を、どう受け止め、どう逸らしてやるか、と言う事も。

「うちの中隊長はねぇ・・・大隊長に信頼置きっぱなしだし」

第3中隊長の遠野万里子大尉は、大隊指揮小隊長を長く務めた女性士官だった。 優秀で有能だが、反面で大隊長に無条件で信を置きすぎる傾向がある、と楠城中尉は見ている。

「うちの中隊長は、『暫くやる事ねぇから、寝ていろ』ってさ・・・こっちはこっちでさぁ・・・」

第2中隊長の八神涼平大尉は、大隊長の周防少佐が大尉の中隊長になった頃から、その下で戦ってきた。 いわば『最も毒されている』面子の西の横綱、と目されている。
第1中隊長の最上大尉は、大隊長の右腕とも言うべき先任中隊長だ。 この人に何か具申するのは、半村中尉や楠城中尉では少々敷居が高い―――いや、煙たい。

「他の・・・香川さん(香川由莉中尉・第2中隊第2小隊長)や鳴海さん(鳴海大輔中尉・第3中隊第2小隊長)も、特に何もせず、だしな・・・」

「城野さん(城野裕紀中尉・第1中隊第2小隊長)も、三島さん(三島晶子中尉・第1中隊第⒊小隊長)もよ」

「北里さん(北里彩弓中尉・大隊指揮小隊長)に至っては、だな・・・」

半村中尉と楠城中尉の2人は、大隊の中尉指揮官中の最後任だ。 先任中尉達が特に行動を起こしていない中、彼らが上官に何やかやと、と言うのは憚れる気がする。
要は『常在戦場』の気構えでいろ、と言う事だろうが。 だが彼らとて、『皇軍相撃つ』なんて、したくもないし、考えたくもない。 しかし彼らは既に、少尉時代に経験していた。

「・・・シベリアじゃ、ソ連軍がロシア人部隊と、非ロシア人・・・少数民族部隊とで、相撃つなんてモンじゃない事、やっていたっけな・・・」

「うん・・・後で色々と思い出してみたら、友軍部隊を恣意的に潰していたっけ・・・」

彼らは、先ほどの不安を滲ませていた新米少尉達より、少しばかり修羅場を潜った経験が有った。






「・・・で? どうお考えなんスか、大隊長?」

臨時の大隊指揮天幕の中で、衛士強化装備姿のままの八神涼平大尉が『コーヒーもどき』を、なみなみとカップに入れて啜りながら聞いていた。
それを横目に、『あんな不味い代物を、こんなに飲みたがるなんて・・・味覚を疑うわ』と言わんばかりの目つきで、遠野万里子大尉がチラ見している。
問われた本人―――第151戦術機甲大隊長の周防直衛少佐は、折椅子に座って肘掛に肘を掛け、口元を片手で覆いながら・・・帝都の周辺地図を見つめて、無言だった。

「八神、そりゃ、命令一下で行動するしかないだろう?」

八神大尉の横で、パイプ椅子に座っていた最上英二大尉が、周防少佐に変わって代弁する。 が、その程度の事、中隊長ならば当然理解している話だ。

「最上さん、俺が聞きたい事はですね・・・部下達に、どこまでの覚悟をさせるべきか、って事っスよ」

「常に最悪を想定し、その前提で準備を怠らず・・・では無いでしょうか? 八神さん?」

「優等生的な模範回答、有難さんで。 遠野大尉殿?」

「・・・茶化さないで下さい、八神大尉」

「止めろ、2人とも―――大隊長、情勢如何では有りますが・・・」

「・・・うん」

周防少佐が短く答える。 最上大尉が濁した言葉、八神大尉がシニカルさに覆って言わんとした事。 遠野大尉が敢て一般論で逸らそうとした事。

周防少佐が言った。

「命令―――戦闘時には、一切の躊躇を許さず」

「・・・命令、ですか?」

「そうだ」

最上大尉が一瞬、言葉に詰まった確認に、周防少佐は躊躇いなく、はっきりと断言した。

「了解しました・・・」

「了解っす・・・」

「・・・了解です」

命令―――軍組織に於いて、最上級の拘束性を有するもの。 命令―――異議の一切を許されぬもの。 命令―――発した者が、全ての責任を負うもの。

命令―――大隊長が、大隊の総員に対し、命令を発した。









2001年12月5日 0823 日本帝国 神奈川県旧横浜市 国連軍横浜基地周辺


「―――ティグリス・リーダーよりティグリス各隊、状況送れ」

『―――ティグリス02、オンステージ』

『―――ティグリス03、配置完了しました』

「―――よし。 別命有るまで現位置を確保。 決して後ろを撃つなよ? ティグリス・リーダー、オーヴァー」

国連軍横浜基地周辺を、日本帝国陸軍の戦術機甲部隊が包囲している―――受けた命令は『横浜基地の周辺警戒』だが。

「―――ティグリス・リーダーよりパンテラ・ワン。 ティグリス全機、配置完了」

『―――パンテラ・リーダー、了解。 ティグリス、レオ、オンサ、各中隊は現刻より『横浜基地周辺警戒』任務に入る―――横須賀に招かれざる客がいる、他所の敷居を跨がせるな』

管区予備の独立混成第154旅団所属の、1個戦術機甲大隊―――『撃震』1個大隊主力の戦闘旅団が、横浜基地周辺の『包囲』を完了した。

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クーデター編 騒擾 3話

クーデター編


2001年12月5日 0535 日本帝国 帝都・東京 乃木坂


「・・・元老、重臣、いずれも所在不明とな!?」

閑静な和風の広大な屋敷の一室で、洞院伯爵は目の前の陸軍大将の言葉に、顔を蒼白にして叫んだ。

「そ、それではっ・・・それでは臨時内閣も、後任内閣も、組閣出来ぬではないか、将軍!」

「・・・静かにされよ、伯爵。 『臨時兼任』は憲法で明記されている。 如何な元老・重臣と言えど、所詮は慣例。 まずは憲法に準じた『臨時兼任』だ。
生き残りの閣内大臣か、班列(無任所の国務大臣)の中で、宮中席次が死んだ榊に次ぐ順位の者を押さえれば、それでよい」

日本帝国の憲法下では、首相が死亡、又は単独で辞任するなどで欠けた場合、次の内閣が組閣されるまでの間、閣内大臣や国務大臣が首相を臨時に兼る事を『臨時兼任』と言う。
こうした場合には、明確な法の規定は無く、慣習として宮中席次で内閣総理大臣に次ぐ順位の者(閣内大臣か国務大臣)が、内閣総理大臣を代行するのが常であった。

「内閣の中での格では、外相と軍需相が上(外相と軍需相は、六相会議メンバー)だが・・・宮中席次では、農水相の依田(依田直弼農水大臣、子爵)が最も高い」

そして依田大臣は、摂家(斑鳩家)=国粋派(間崎大将)のラインが押さえている『俗物(洞院伯爵談)』である。 昇爵とより高い地位、そして利権。 それを欲する者だ。
衆議院も、内部に籠絡した議員団をかなりの数で揃えた。 政威大将軍罷免権発動に必要な、衆議院での1/3の数は揃った。 これで煌武院を引き摺り下ろす。
問題は、罷免権発動には1/3で良いのだが、実際に『罷免』を決議するには3/5以上の賛成が必要と言う事だ。 が、これはこれで抜け道がある・・・

日本帝国の議会制度には、内閣総理大臣を選出する議会内閣の制度は無い。 内閣は議会に対し、責任を負わない。 そかしそれでも、議会には武器がある。
予算承認権・条約批准権、高官人事の承認権、内閣に対する弾劾・罷免権が代表的だ。 そしてそれ以外に、『政威大将軍の承認権・罷免要求権』がある。

永く不遇だった日本の議会にとって、内閣と政威大将軍への弾劾・承認・罷免要求権は、彼らが大正の昔に喪った議会政治復活への、ほんの僅かではあるが、足掛かりなのだ。

「憲法の通りよ、まずは依田に『臨時兼任』を宣言させる。 場所は、そうさな・・・予定通り、仙台で良かろう。 帝都だと、余計な虫が飛び回る」

「・・・ふむ。 然る後に『非常事態宣言』だな?」

「左様。 非常事態宣言、『国家緊急権』の発動じゃ」

国家緊急権―――戦争や大規模・広域災害など、国家の平和と独立を脅かす緊急事態に際し、政府が平常の統治秩序では対応出来ない判断した際に、憲法秩序を一時停止する。
そして一部の機関に大幅な権限を与え、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとる事によって、秩序の回復を図る権限の事である。 この場合は『戒厳司令部』へとだ。

因みに国家緊急権の行使が、行政の範囲に留まるものを『行政型』と言い、前世界大戦以前の日本帝国における国家緊急権は、この『行政型』であった。
しかし今次BETA大戦に於いて1980年代初頭の法改正により、国家緊急権とは憲法自身が緊急時に自らの権力を停止し、特定の機関に独裁的権力を与える事を認めた。
これは英米法にある『マーシャル・ロー』や、旧ヴァイマール憲法第48条『大統領緊急令規定』、フランスにおける『合囲状態(l'État de siège)』に限りなく近い類似である。

因みにこれら諸外国の法の原意は、限りなく『戦争状態』に近い、と言われる。

(―――そうだ、これが儂の戦争だ)





洞院伯爵家を辞した後、再度自邸へと戻る間崎大将は、車内で副官に確認した。

「・・・久賀少佐は?」

「はっ、現在は仮司令部を置いております、貴族院会館に詰めております」

如何にも軍『官僚』の匂いを漂わすその少佐は、内心で叩き上げのノンキャリア将校を嫌っている。

「こちらの意図は、十分伝えておるだろうな?」

「はい。 昨夜に最後の摺合わせを・・・沙霧大尉は無論、除外しております」

あの男は所詮、道化ですので―――そう言って薄ら笑う副官に、間崎大将は(・・・こいつも所詮は、同類の駒に過ぎんか)、そう思った。










2001年12月5日 0550 太平洋上・東京湾沖100海里(約185km)地点 伊豆諸島沖 米第7艦隊旗艦・揚陸指揮艦『ブルー・リッジ』(USS Blue Ridge, LCC-19)


「サー、ランデブー・ポイントまであと30海里(約55.5km) ランデブー・タイムは0630です」

11月29日の0300時にハワイ・真珠湾軍港を出港した米第7艦隊主力(第70任務部隊:Task Force 70, CTF-70)が未だ漆黒の闇の中の洋上を疾走している。
巡航速力18ノット(原子力推進艦と言えど、常に最大戦速で航行出来るものではない)で7日と15時間弱。 ようやく日本を―――東京を、その作戦圏内に収める位置に到着した。

「CTG70-3(第70-3任務群)、ESG-7(第7遠征打撃群)、共に『Situation Normal』です」

艦隊主力とは別に、空母『セオドア・ルーズベルト』を中心とする空母打撃群、プラス水上戦部隊で構成されるCTG70-3(第70-3任務群)
そしてワスプ級強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』、『マキン・アイランド』を中心とするESG-7(第7遠征打撃群)
この2個群は普段、第5艦隊支援の為にインド洋のディエゴ・ガルシア島に駐留している。 第7艦隊は東経160度以東の東太平洋から、東経67度以西のインド洋の半分を担当海域とする。

第5艦隊の担当戦域はインド洋北西部。 旧アフガニスタンから洋上を南に下り、ソマリア沖から東進して交差する海域を担当戦域としている。
最近、紅海方面のBETAの活動が不活発な為、急遽呼び出したのだ。 アフリカ連合と国連軍アフリカ方面総軍からは、『遺憾の意』と言う名の嫌味が連発されたが。

これで第7艦隊は全主力部隊―――第70-1任務群、第70-2任務群、第70-3任務群、そして第7遠征打撃群が揃ったことになる。
空母『カール・ヴィンソン』『ドワイト・D・アイゼンハワー』『セオドア・ルーズベルト』の3隻に、ワスプ級強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』『マキン・アイランド』
だが今回は異様だ。 何故なら空母打撃群の主兵力である空母戦術機甲団、その大半を母港の真珠湾、或は駐留基地のディエゴ・ガルシアに揚陸させているのだから。

代わりに編成上では有り得ない部隊が『積み込まれて』いた。 米陸軍戦術機甲部隊、その3個大隊の戦術機甲大隊だった。 海軍機は各々1個戦術機甲隊(中隊)だけが残された。
『カール・ヴィンソン』に第66戦術機甲大隊(US 66wig)、『ドワイト・D・アイゼンハワー』に第174戦術機甲大隊(US 174wig)
そして『セオドア・ルーズベルト』に第117戦術機甲大隊(US 117wig) 各大隊の定数は、米海軍空母戦術機甲団より少ない36機。

「しかし、面白くない話です。 よりによって、陸軍野郎を・・・」

「・・・君、士官たる者、常に品位を保つべきだよ」

「ッ! 失礼しました、サー!」

しかし面白くないのは、目前の上官―――第7艦隊司令官、トーマス・カーライル米海軍中将も内心は同じだ。
自身の艦隊主力攻撃力―――3隻の空母の戦術機『F/A-18E』の12個戦術機甲隊(中隊)の内、実に9個戦術機甲隊を『陸に揚げられた』のだ。 
残ったのは3個戦術機甲隊だけ。 しかも面白くない事は、その戦力に対する指揮権を有していない、と言う事だ! 第7艦隊司令官である自分が!


「―――予定通りの航海、そう言って宜しいようですな、提督」

不意にカーライル中将の背後から、声をかけた人物がいた。 振り向かずとも誰であるか、中将には判る。

「・・・我々は、U.S.ネイヴィーだ。 クレメンツ『陸軍』大佐」

嫌味をたっぷりと含んだその口調に、言われた方は微塵も感じ入っている様子はない。 それどころか、冷ややかな薄笑いを浮かべたままだ。

「ええ、流石は『世界に冠たる』U.S.ネイヴィーです」

―――最早、ライミー(英国人)は本国艦隊を維持するので青色吐息。 日本人たちも自国の周辺海域を守るのが精一杯。 いやいや、流石は新世紀の『無敵艦隊(アルマダ)』です。

そんな追従とも取れる言葉にも、カーライル中将は何の高揚も感じない。 なぜならこの男は・・・

「航海も予定通り、順調のようです。 では小官はこれから『作業』に取り掛かりますので・・・」

―――後は、連絡将校に伝えます。

それだけ言うと、その陸軍大佐はブリッジから姿を消した。 その直後、ホウッとため息をつくカーライル中将。 そんな上官の様子を見た部下は、訝しげに尋ねた。

「サー。 失礼ですが、何故、あの陸軍たちをあそこまで自由に・・・?」

その質問に、即座には答えずに、ブリッジから漆黒の冬の海原を見つめていたカーライル中将は、囁くような小さな声で、ポツリと言った。

「・・・あの男は、『JSOC(Joint Special Operations Command)』だ」

「JSOC・・・!? では、SOCOM(United States Special Operations COMmand : USSOCOM)の作戦・・・!?」

SOCOM―――USSOCOMは、『アメリカ特殊作戦軍』と言われる。 アメリカ統合軍の一つであり、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の特殊作戦部隊を統合指揮している。
現在の司令官は、レイモンド・D・ホーランド米航空宇宙軍大将。 米軍の機能別統合軍(FUCC)のうちの一つで、全軍における特殊作戦を指揮する。

JSOC(Joint Special Operations Command)はSOCOM麾下のサブコマンドのひとつで、統合特殊作戦コマンド(Joint Special Operations Command/JSOC)と呼ばれる。
デルタフォースや海軍特殊戦開発グループなどの、『特殊任務部隊(SMU)』を運用しているのが、最大の特徴である。

公の活動内容としては、統合特殊作戦タスクフォース(JSOTF)の常設と提供、作戦の計画立案、演習および訓練の計画と実行、戦術の開発、特殊作戦における要求と技能の研究である。
そして『公=表の顔』があれば、当然『裏の顔』もある。 それは実際には平時・戦時問わず、政治的軍事的に非常に微妙で、危険度の極めて高い秘密作戦も指揮している事だ。

『特殊任務部隊(SMU)』とは、デルタフォースや海軍特殊戦開発グループの様に、活動内容や存在そのものが、黙秘される部隊の総称である。
グリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊群)やシールズ(Navy SEALs)など、場合によってはメディアにも露出するオープンな部隊は、『特殊作戦部隊(SOF)』と呼ばれる。
対して『オープンでない』特殊任務部隊(SMU)の活動の大部分は、『公には否認されるべき地域』で行われ、それには対テロ作戦、襲撃行動、偵察活動、秘密諜報活動などが含まれる。

JSOCが直接指揮下で運用される部隊は、デルタフォース(又は『戦闘適応群』)、海軍特殊戦開発グループ、情報支援活動部隊、第24特殊戦術機甲隊などがある。
また場合によっては、第75レンジャー連隊、第160特殊作戦航空連隊、第55特殊作戦戦術機甲隊と言った、バックアップ部隊の支援を受ける事ができる。

「・・・人員は主にSOCOMの連中だが・・・肝心要の核の連中はCIA―――国家秘密本部、その東アジア部だ。 SMUの連中は、退役後にCIAの契約工作員になる者も居る」

そんな、裏のきな臭い繋がりだ―――カーライル中将は、面白くもなさそうな表情で、吐き捨てるように言った。
米海軍のエリートであるが、同時に海の武人たらんと欲する、実は古いタイプの軍人であるカーライル中将にとって、SOCOMは有用性を認めつつも、受け入れられない存在だった。

「詳細の奥の奥までは、私でさえ知らん。 PACFLT(太平洋艦隊)やFLTFORCOM(艦隊総軍)を飛び越して、OPNAV(海軍作戦本部)からのダイレクト・オーダーだ」

信じられない―――カーライル中将の言葉に、彼の部下は言葉が出なかった。 他国軍とは異なり、米軍は上級司令部の、更に上の司令部からダイレクト・オーダーが出る事がある。
だがそれは、精々が2段階上―――今回で言えば、第7艦隊の上級司令部である太平洋艦隊司令部を飛び越し、艦隊総軍から、と言うケースまでだ。
それが『OPNAV』―――海軍作戦本部とは! これを日本帝国海軍に当てはめれば、1個艦隊司令部に、GF(連合艦隊)や海軍軍令部を飛び越し、統帥幕僚本部が直接命令を出すに等しい。

となれば、ただの戦術作戦ではない。 いや、戦略作戦でもない。 これは―――『政治的な作戦』だ。 CIAにSOCOM、そしてOPNAV・・・嫌な感じしかしない。

「まったく・・・とんだ貧乏くじだね、君」

「・・・サー。 全くです」

未だ洋上は、冬の夜明け前の暗闇に支配されていた。









2001年12月4日 1700時(日本時間12月5日 0600時) アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ウエストチェスター郡


宏大と言う他に表現のしようがない敷地面積。 たっぷり60エーカーはある広大な土地(=24,28ha=約24万2811㎡=約80万2681坪)
そこに建屋面積がバッキンガム宮殿やハンプトン・コート宮殿よりも広い面積を誇る、馬鹿馬鹿しいまでの豪壮な宮殿と見間違う程の屋敷が建っている。

初冬のニューヨーク州は、それもこの辺りでは、平均最高気温で華氏36°F(摂氏2.2℃)、平均最低気温が華氏29.5°F(摂氏マイナス7℃)程には冷え込む。
日照時間も短い。 この時間では、外はもうすっかり暗くなっていた。 米国国防総省の太平洋担当副次官補であるダスティン・ポートマンは、この屋敷がはっきり言って嫌いだった。
今日とて、国防総省ハト派、更には『会議』の連絡役の仕事でなければ、いなか遺伝上の繋がりがあるとは言え、あの老人と会うのは気が進まない。

館の執事の案内で、奥まった一室に通される。 そこは豪壮な外見のこの屋敷に似つかわしくない、いっそ簡素と言っても良い程、何もない部屋だった。
確かに部屋に敷かれている絨毯は、17世紀にイランのキルマンで織られた世界最高峰の逸品で、20年以上前に購入した価格が、620万ポンド(約890万ドル)だったと聞く。
無造作に置いてあるマホガニーの机や家具でさえ、一品でも50万ドルは下らないだろう。 全て含めれば、1000万ドルは下らない―――が、それだけだ。
オリエンタルなアンティーク調スタンドランプの淡い暖色系の光だけの中で、一人の老人がソファに身を沈めていた。 まるで死んだように身じろきもしない。

「・・・極東で、始まったかね?」

不意に老人の口から、しわがれた声が漏れた。 改めて緊張感を増すと同時に、探る様に声をかけるポートマン。

「―――はい。 しかし、成功するとも思えませんが・・・」

「・・・なに、成功するなどと、思ってやせんよ」

意外な言葉だった。 この老人は、日本帝国内の国粋派・摂家(斑鳩家)派・安保マフィアの親ネオコン派を通じて、あの国の裏の実権を掌握するつもりでは無かったのか?

「ふっふ・・・ダスティン、お前も、そして先日お会いしたアンハルト=デッサウ侯妃(イングリッド・アストリズ・ルイーゼ・アンハルト=デッサウ侯妃)も、まだ若い・・・
儂は『会議』に対し、一度たりとも『AL5計画』の優位性も、その優先要求もしてはおらぬし、『あの国』の中枢をAL5計画派に固めるなどと、明言はしておらぬ・・・」

「・・・」

青年の無言をどう捉えたのか、老人は言葉を続けた。

「デイヴィッド・ロックフェラーは嘗てこう言った。 『ビルダーバーグは本当に、極めて興味深い討論グループである。
年に一度ヨーロッパと北アメリカの両方にとって重要な問題を論じ合っている―――ただし、合意に達することはない』とのぅ・・・さてさて、そしてそれは事実じゃ・・・」

議論されるトピックは国際政治経済状況による異なるが、最終目標は、あくまでも欧米系勢力による、世界統一権力の樹立。 それ故に欧米各国のトップに大きな影響を持つ。
1991年の会議には、当時アーカンソー州知事だった男が招待された。 彼は会議の1年半後の1993年1月に、アメリカ大統領に就任した。
1993年の会議にはイギリス労働党の党首が招待された。 その党首は会議の4年後の1997年5月に、イギリス首相に就任している。

「儂はの、様々な目を持っておる。 3度目の祖国を喪わない為にの・・・故に、太平洋の防波堤として、あの国は有用じゃ。
そしてその防波堤の管理人として、より相応しいのは、一体誰か・・・どの勢力か・・・無論、『会議』のメンバーも承知の上じゃよ」

「・・・つまり、右手が出したボヤを、左手に消火させておる、と?」

「ボヤと言ってもの、もしかすると有用かもしれぬ。 あっさり切り捨てるのは、ちと早計じゃ。 それに、左手の危機管理能力も、見定めねばなるまいて」

「―――故に、JSOC(統合特殊作戦コマンド)を?」

「ああ・・・あれはジョンストン・ゴース(CIA長官)が泣きついてきたのでの。 最近は内部抗争の結果、ジョン・クロンガード(CIA副長官)に押されっぱなしじゃ」

「―――リチャード・ミシック(CIA情報本部本部長)、ライオネル・モーガン(同東アジア分析部長)らは、明確に反ゴース派です。
行政本部本部長のハリー・マクラフリンも、明確に敵対しております。 国家秘密本部副本部長のバジー・リチャーズは・・・」

「ふむ・・・先月、マイケル・マコーニック(CIA国家秘密本部本部長)が急死しおったな。 スティーブン・サリク(国家秘密本部防諜センター長)の仕業か・・・」

「DIA(国防省情報部)も。 既に国際協力室長のロバート・クナイセン(海軍少将)を通じ、日本側に概略が漏れている事でしょう」

「・・・クナイセンの受け皿は、誰じゃったかな・・・?」

「日本帝国海軍軍令部、第2部長のリア・アドミラル・スオウ(周防直邦海軍少将)です」

「ふむ・・・確か、『Imperial Gendarmerie(日本帝国国家憲兵隊)』副長官の義弟に当たる男だな。 外務省の国際情報統括官の義弟でもある・・・」

「CIAの反ゴース派は、IG(日本帝国国家憲兵隊)と繋ぎを得ています。 国務省は日本の外務省と・・・そしてDIAは、日本海軍軍令部を通じ、国防省情報本部と」

「ふぉっふぉ・・・まさに東洋で言うところの『四面楚歌』じゃな。 IGに国防省情報本部、そして外務省の情報統括室・・・ふぉっふぉっふぉ・・・」

日本帝国外務省情報統括室は、内閣情報調査室(情報省外局)、警察庁(警備局)、国防省(情報本部)、国家憲兵隊とともに、内閣情報会議・合同情報会議を構成する。
諸外国のインテリジェンス・コミュニティー(情報機関を纏め、各機関の集めたインテリジェンスを集めて評価し、政策実行に必要な情報を提供する組織)に近い。

内閣官房副長官(事務)が主宰し、内閣官房副長官補(安全保障/危機管理担当)、警察庁警備局長、国防省国防政策局長、統帥幕僚本部第1局長(国防計画作戦)
そして情報省次官、外務省国際情報統括官が参加する。 内閣官房副長官(事務)は内務省の次官経験者が就任するのが通例の為、実質は『高級官僚トップの最高危機管理会議』である。

「さては、さては、この件はプライムミニスター・サカキには、情報が上がっていなかったと見える。 ふぉっふぉっふぉ・・・あの国の官僚は、なかなか侮れぬよ・・・」

「・・・日本の高級官僚群は所謂、革新官僚・・・統制派官僚が、今や主流です。 そして軍部もまた、統制派が主流をなしております。
軍部国粋派や、いわんやあの国の古色蒼然たる貴族社会(五摂家)など、どう足掻いても権力の奪取は不可能な状況ではありますが・・・」

「なに・・・左手も、手に余る事態はあるのでのぅ・・・まさか、左手に自国の内閣首班を殺させる訳にはいくまいて・・・」

その言葉で、ダスティン・ポートマンは理解した。 この老人は、単純なAL5計画推進派でも、AL4計画擁護派でもない―――純粋に、底なしのエゴイストなのだと。

日本の首相が推し進める、AL4計画推進については、日本国内からも疑問の声が大きくなり始めている。 かと言って、AL5計画に鞍替えは出来ない。
実現の見通しが立たない、底の抜けた天文学的巨額な予算を飲み込み続ける、『オルタネイティヴ第4計画』
ロス・アラモスからさえ、実行後の地球規模の変動に警鐘が鳴らされている、AL5計画の付属計画『バビロン作戦』

天秤が片方に傾かぬよう、常に気を配り、そして『次善の結果』となる様に采配し続ける―――2度祖国を喪った老人には、『最善の、最良の結果』など、世に存在しない事は骨身に沁みている。

「・・・成功はせぬがの。 あの小娘の荒唐無稽な『お伽噺』からは、少しは解放されるじゃろうて。 ネオコン連中の先走りも、今回はゴースを生贄の羊にすればよい・・・」

―――様は、太平洋対岸の防波堤、その管理人の手腕の確認、それだけの話だったのだ。










2001年12月5日 0630 日本帝国 帝都・東京 高田馬場~早稲田封鎖線


白々と夜が明けた。 おそらく、日本で最も長い1日となる日の夜が明けたのだ。 唯々快晴。 冬の蒼穹は恐ろしい程の深い蒼だった。
気温はまだ低い。 3、4℃だろう。 予報では10℃を下回ると予想されている。 明らかにこの10年ほどで、日本の気象も変化が起きている。

高田馬場から早稲田にかけての封鎖線。 『反乱軍』とはやや南の25号線を挟んで対峙している。 こちらは早稲田に面した戸山陸軍軍医学校練兵場(西側)に本部を設置した。
方や『反乱軍』の一部は、学習院の東側、戸山陸軍練兵場(東側)に布陣している。 第1師団機動歩兵第1連隊の一部だった。

その両者の間を、何事も無いようにのんびりと歩く2人の将校が居た。 兵科はその姿でわかる。 衛士強化装備が見て取れる、戦術機甲科の上級将校だ。
2人ともグレーカラーの革製コートを着用している。 肩部に肩章装着用ループがあり、そこへ無理やり陸軍の階級章(肩章)を装着していた。 階級は少佐。
見る者が見れば、そのコートが帝国陸軍制式採用の将校用外套でない事は判るだろう。 詳しい者ならば、ドイツ連邦軍(西ドイツ軍)将校用のコートだとも。
第2次世界大戦時の、ドイツ海軍Uボート乗り(将校)用の、Uボートコマンダー着用のコートに外観、カラーが酷似している。 略帽(ベレー帽)を被っていた。

「火を呉れ」

「うむ」

2人の少佐は対峙する両軍の間で、暢気に煙草を吸い始めた。 二口、三口と、ゆっくり紫煙を吐き出した後で、反乱軍の側をゆっくり見回し、やがて自陣へと戻り始めた。
その姿を第15師団の面々は、馬鹿を見る様な目で尊敬している。 逆に反乱軍側は、どうしたものか、迷っているようで、何の手も出せないでいた。
2人の将校の出で立ち、それは確実に帝国陸軍の服務規定に反するものだ。 が、逆に佐官級の野戦将校、特に大陸の激戦を経験した佐官級将校に、それを無視する気風がある。

今現在佐官であり、大陸での激戦を経験しているとなれば、20代後半から30代半ば頃の世代だ。 1991年から1992年にかけて、大陸派遣軍に配属されて最前線で戦った世代。
そして以来、9年から10年の長い期間を、BETAとの地獄の絶滅戦争を戦い抜き、今ここに在る者達―――戦場経験豊富な、歴戦の佐官級指揮官と言う事だ。

彼らの中には大陸で、そして少数の者が北アフリカや欧州で、それぞれ手に入れた他国軍の軍装を私物として持ち帰り、所有している者が多い。
本人達は単純に、垢抜けない帝国陸軍の正式軍装に彩を添える、その程度の意識しかなかったと言うのが実情だ。 ちょっとしたファッション感覚、だが周囲はそうは見なかった。
地獄の様なBETAとの絶滅戦争。 その激戦の中を戦い、生き抜き、生還し・・・そして未だ戦い続けている者達。 陸軍での私物着用は、そんな歴戦の証として畏怖されていた。

「―――もう少し、余裕を見せた方が良かったかな?」

「ま、何事もやり過ぎはいけないってな。 煙草を持つ手が震えていただなんて、向こうより先に、部下たちの士気が崩壊する」

「・・・俺はただ、寒かっただけなんだがなぁ?」

「それは奇遇だ。 俺も寒かったのさ」

BETAに食い尽くされて国土と民族が消滅する前に、今の馬鹿騒ぎを収められないようなら、死んだ方がマシだと思う。 が、根本で死への恐怖感は、どんな人間でも存在する。
だがそこから逃げていては、人間らしくはあっても、軍人―――職業軍人たり得ないのだ。 国家の用意した暴力の前で人間を戦場に走らせる。
その為には人間に好かれなければ―――少なくとも、底の抜けた馬鹿と、敬意を得なければ。人が自然の摂理に反するだけの敬意を、部下から得なければならない。
人間が本能よりも、部隊や仲間を助けようと思うから・・・部隊や仲間を死なせたくないから、戦うと思うから、軍と軍人と言う代物は成立するのだ。

それを一言、訓練の結果と言い切るのは、人との付き合いが薄い証拠だ。 人と人との、極限状態での関係を知らない机上の空論家、或は青臭い青二才と言うところか。

―――人間が、人間として在り続ける為に、士官は存在する。

96年前、奉天西方の黒溝台で第2軍最左翼、約40kmを僅か10,000名の部下達と共に守り―――1万対10万の激戦を乗り切った、秋山好古少将(当時)の言葉だ。

或はそれは、古代より連綿と受け継がれてきた、軍事指揮官の極意かもしれない。 戦場で超然とした振舞いを見せる上官に、部下達はついてゆく。
2人の佐官―――周防直衛陸軍少佐と、長門圭介陸軍少佐もまた、長い前線での戦いの経験上、そうした上官には無条件で付いて行けた。
そして生き残り、階級が上がり、佐官―――少佐の大隊指揮官となった今、自分を見る部下の目が、あの頃の己と同じ目をしている事を知っていた。

やがて自陣へ戻った2人の少佐達は、戦術機甲部隊の本部に指定されている野戦天幕に入って行った。 最大収容人数14名、主に部隊長以下の幕僚及び指揮官が宿営等に使用する。

「お疲れ様です」

第15師団、そのA戦闘団(第1機動旅団)陣内の天幕に戻った2人の少佐に、待ち構えていた2人の大尉が声をかけた。 最上英二陸軍大尉、そして古郷誠次陸軍大尉。
最上大尉が携帯ストーブ(私物)に於いた薬缶から、お湯を注いだカップを2人の少佐達に手渡す。 香ばしい香りがする。 当然だ、天然ものの珈琲なのだから。

「今時、これを飲めるなんて贅沢、信じられませんね」

「チビチビと、節約しながら飲んできたからな。 アメリカ土産、その少ない残りだ。 有り難く飲めよ?」

「俺の家にも少し残っているが、女房がどこかに隠しやがった・・・」

「大隊長が、ガブガブ飲むからでしょうが。 奥様(長門(伊達)愛姫少佐)に事あるごとに愚痴られる、俺の立場も考慮してくださいよ・・・」

携帯ストーブも私物(190mm×370mmのサイズでしかない)、持ち込んだ珈琲も私物。 朝食代わりの乾麺麭(乾パン)150gに金平糖、オレンジスプレッド及びソーセージ缶の副食。
ささやかな指揮官特権だ。 部隊の下級士官たちは皆、戦闘糧食I型(No.1)は代わらないが、飲み物は不味いコーヒーもどきなのだ。

「もう少し、余裕を見せつけた方が良かったか?」

「止めておいた方がいいですよ、大隊長。 メッキが剥がれますって」

「俺は、メッキじゃないぞ?」

「はいはい、煙草を持つ手が震えて、落としたらどうする気ですか。 ったく、子供じゃないんですから・・・」

それぞれ、周防少佐、最上大尉。 そして長門少佐に古郷大尉だった。 大隊長と、その補佐役の先任中隊長。 天幕の中、戦闘糧食を食べながら話すその姿に、緊張感は見られない。
年の頃も近く、2人の少佐は9年9か月、2人の大尉は7年3か月の実戦経験を持つベテラン達だ。 この先どう展開するか予断は許さないが、力を抜くときは心得ている。

『それもそうか』

2人の少佐がそう言うや、部下の2人の大尉たちも笑った。 お互い付き合いの長い上官と部下だった、兵や初任士官は上官の嘘を信じればいいが、古参の大尉はそうはいかない。
乗馬でいえば、乗り手の不安も判る出来た良馬だ。 いや、決して馬ではないのだが―――とどのつまり、生死を掛けた戦場で共に過ごした戦友であり、親友である。

「それにしても連中、一体何を考えているのか・・・ここに陣取っていても、状況は変わらないのにな」

最上大尉が、天幕の中の簡易机の上に広げた地図を見ながら、珈琲を啜りつつ首を傾げる。 『反乱軍』は永田町・麹町から四ツ谷、新宿、牛込辺りを制圧していた。
そして赤坂見附付近で帝都城(旧赤坂御用地)の斯衛第2連隊と睨み合い、半蔵門から千鳥ヶ淵、北の丸辺りで禁衛師団と睨み合いが続いている。
帝都城正面では第1師団第1戦術機甲連隊が、半蔵門では第3戦術機甲連隊が、そして北の丸では第2戦術機甲連隊が、それぞれ配置についていた。

「そうだ、それが判らんな。 もうじき、第14師団先遣隊(戦術機甲1個連隊、機甲1個大隊、機械化装甲歩兵1個大隊、機動歩兵1個大隊)も到着するのにな」

同じく地図を見下ろした古郷大尉も、同感とばかりに頷いた。

帝都城正面こそ、戦力比は1:1だ。 が、皇城正面では2:3と数的不利。 更に第15師団(第1機動旅団)が高田馬場から西早稲田にかけて展開した。
これに対して『反乱軍』は、第1師団機動歩兵第1連隊の一部(1個大隊)を割いて警戒に当たっているが・・・

「正面の相手は、機械化歩兵1個大隊と、少数の重火器中隊のみ。 こっちは2個戦術機甲大隊を主力に機甲、機械化装甲歩兵、機動歩兵が各1個大隊・・・」

「自走砲と自走高射砲も、各1個大隊。 旅団とは言え、丙編成師団に匹敵する戦力だぞ? 増強大隊程度で、支えきれる戦力じゃないってのにな?」

「東部軍管区予備の3個独混旅団(第102、第105、第108独立混成旅団)が、連中側に付いた。 港区、目黒区、品川区をそれぞれ押さえちゃいるが・・・」

「だから、どうにも判らん。 首都の中枢を押さえるのは、クーデターの鉄則だ。 千代田区を押さえるのは判る。 
同時に渋谷・新宿・港・品川の各区を押さえたのもな。 が、それからどうする? 連中、沙霧のあの声明以降、全く動きが無い」

最上大尉と古郷大尉が、同時に唸る。 この状況下で、北方面に更に新たな敵(第14師団先遣隊:戦術機甲1個連隊、機甲、機械化装甲歩兵、機動歩兵各1個大隊)だ。
北西方面の圧力はこの結果、第15師団先遣隊を加え、乙編成師団相当の強大なものとなる。 もし一当たりすれば、1個増強大隊規模の『反乱軍』は、30分と持ち堪えられないだろう。

「いくら市街戦じゃ、戦術機甲部隊は格好の的とは言え、戦闘車両との戦闘じゃ、向こうが格好のカモだ」

「歩兵戦力でも、向こうは機動歩兵1個大隊のみ。 こっちは機械化装甲歩兵2個大隊に、機動歩兵2個大隊・・・4倍じゃ効かないな。 ランチェスターじゃ、16倍だ」

つまり、ごく短時間で制圧される結果が目に見えている。 そうするとどうなるか? 永田町を挟んで東西で睨みあっている場所は、今は辛うじて拮抗している。
そこに、北方面から更に1個師団が雪崩込んで来たら? 東の江戸川からも、第3師団(乙編成師団)が、反『反乱軍』の立場を表明している。 戦力比は1:3と大きく離れる。

更に3個独立混成旅団が反乱軍側に付いたことを受け、当初の予定を変更して第15師団B戦闘団(第2機動旅団)と、第14師団主力を神宮外苑に配備する事が決定した。
3個独立混成旅団(3個戦術機甲大隊主力)では、第14師団主力(2個戦術機甲連隊主力)と第15師団B戦闘団(2個戦術機甲大隊主力)に太刀打ちできない筈だ。
そして東部軍管区の第7軍司令官・嶋田大将は『反乱軍の制圧』を表明した。 北関東絶対防衛線から第14師団の他、第12師団(乙編成師団)を派遣すると言っている・・・

海軍は横須賀の第3陸戦旅団(1個戦術機甲連隊基幹)を、第4艦隊(司令官・宮越善四朗海軍中将)に搭乗させて進発させた。 上陸地点は有明埠頭だ。
更に東京湾内に、年次訓練途中だった第1艦隊主力を呼び戻した。 1時間前、浦賀水道を通過したそうだ。 湾内法定制限速度の12ノットを無視し、18ノットで急行中だった。
漸くの事で再建為った第1艦隊。 戦艦6隻、大型巡洋艦(巡戦)2隻、戦術機母艦6隻を主力とする、太平洋戦域最強の打撃機動部隊。

「・・・どう考えても、連中はチェックメイトの筈、なんだがなぁ・・・?」

「考えられるのは、『政治的な動き』だけか・・・」

「けどな、政府は一応、反乱軍に対する非難声明を出したぞ?」

つい先ほど、0625時。 『臨時兼任』により農水相が仙台市で内閣総理大臣代行を宣言した。 『偶々』農政の所要で仙台を含む東北地方を回っていたと言う。
そのお蔭で、『反乱軍』の襲撃から身を守る事が出来た、幸運な人物だ。 はっきり言って、内閣内で最も影の薄い人物、そう言われていた人物だったが・・・

「それに多分、『臨時政府』は戒厳令を出すだろうな」

「行政戒厳か? それはそれで、帝都一帯の制圧行動には有効だけどな・・・」

しかしまさか、この時点で臨時政府が『国家緊急権』の発動を行うとは、最上大尉や古郷大尉はおろか、周防少佐も長門少佐も、予想だにしていなかった。

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クーデター編 騒擾 2話

クーデター編


2001年12月5日 0445 日本帝国 帝都・東京 麻布


「―――閣下、お電話です」

「・・・ん」

夜半過ぎ、副官に起こされた軍事参議官・間崎勝次郎帝国陸軍大将は、受け取った受話器を耳にし・・・初老の域に入りかけた顔を、少しだけ紅潮させた。

「うむ・・・うむ、そうか・・・うむ。 判った」

簡単に話を終わらせるや、間崎大将は次の間に控える副官に、囁くような声で指示を出した。

「車の準備を、乃木坂だ。 後で後楽園にも伺う」

「はっ!」

軍服を着込みつつ、間崎大将は内心の衝動を抑えるのに、苦労を感じていた。 決して全てが、我欲での行動と言う訳ではない。 その自負はある。
しかし同時に、この動乱の時代に国家の舵を取る自信も、彼には有った―――あくまで主観でだが。 そしてその瞬間が近づいている事への昂揚感。

まずは乃木坂だ。 斑鳩家譜代重臣にして家宰・城内省高官である洞院伯爵。 まずこの男を完全に抑えねばならない。 その後で後楽園―――斑鳩公爵家だ。











2001年12月5日 0502 日本帝国 千葉県・陸軍松戸基地 


『―――私は帝国本土防衛軍、帝都守備第一戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉・・・』

壊滅を免れた松戸基地内の偕行社(陸軍将校の集会所・社交場(将校クラブ)で、大隊長クラスの指揮官たちが、復旧処理の合間を縫って一息ついていた。
TVの国営放送から流れるその画面に、好意的な視線を投げる者は一人もいない。 中には視線だけで射殺せるかの様な、物騒な視線を投げかける者もいる。

「・・・大尉風情の若造が。 知った風な口で、己の馬鹿さ加減を糊塗するか?」

「・・・難民の救済を唱え、政治の改革を叫ばんとするならば、まず軍服を脱ぎ、しかる後に行え。 軍服を着ている限り、行う事ではないのだ」

吐き捨てるようにそう言うのは、第15師団・第151機甲大隊長の森永忠彦中佐。 苦々しげに言うのは第151機動歩兵大隊長の奥瀬航中佐だ。 
彼らの部下が何名か、攻撃に巻き込まれて死亡している。 その私情の部分を差し置いてもなお、2人の中佐の目にTV画面の若い大尉は、度し難い孺子に映る。

「首相殺害。 国防相、内務相、蔵相もか・・・若い連中にしては、頭が回る。 六相会議の面子の中で、残るは軍需相と外相の2人だけだ。
一時的にせよ、『国家防衛企画委員会(実質的な国家戦略策定組織)』が麻痺してしまうぞ、これは・・・そうか、そうなれば・・・」

「今までは形式上だった、征威大将軍が主催する『大本営』 これが事実上の国家意思決定機関になる。 今までは『国家防衛企画委員会』が『大本営』を骨抜きにしていたからな」

第152機甲大隊長の篠原恭輔少佐の言葉を、第153機械化歩兵装甲大隊長の高谷清次少佐が継いで答えた。 
そう、これで国家の意思決定は『大本営』に(一時的にせよ)移る―――そう思われた。 軍の中堅幹部とは言え、彼らは野戦将校。 
権謀術数を目の当たりにする政治好きの参謀将校ではない。 彼らでなければ―――参謀本部あたりの参謀将校なら、違った見方をしたかもしれない。

『国家防衛企画委員会』―――国防省、軍需省、内務省、大蔵省、外務省、この5省の事務次官級・局長級の高級官僚群が主催する、国家防衛政策策定組織。
帝国の形式の上では『大本営』の下部に位置し、その企画案を持って大本営を補佐する。 大本営(征威大将軍)はその決定権を持って、皇主(皇帝)に統帥権補佐と助言を行う。
これが日本帝国の『形式的な』統治機構。 大本営は統帥権補佐と助言の他、征威大将軍より内閣・六相会議(首相、国防相、蔵相、軍需省、内務相、外相)に国家政策方針を下命する。

しかし長らくの間、国家防衛企画委員会は『六相会議』の下部に位置してきた。 実質的に『六相』が指揮する各省庁の調整の場であり、国家戦略企画の場なのだ。
大本営に参加する『元枢府(五摂家府)』の掣肘を受けるなど、もっての外。 内閣を組織する政治家達もまた、征威大将軍・元枢府(五摂家)の意向など、全く無視してきた。

日本帝国内の現実政治の強烈な現状が、それを許してきた。 大政奉還直後の近代の幕開けの時代ならばともかく、既に大正から昭和初期にかけて経験したデモクラシー。
極一部の日本人を除き、大半の国民は第2次世界大戦前、そして戦後に、議会民主主義の波を経験している。 征威大将軍・元枢府の意向無視は、或は国民の暗黙の了解なのだ。

「ふん・・・『民の意志と、殿下の意向を蔑ろにする、君側の奸』か? なるほど、確かに首相は国内難民優先政策を回避し、国防政策と、それに付随する外交政策を優先させた。
その結果、未だ国内に難民キャンプは存在する。 食料や医薬品の配給も、必ずしも十分とは言えん。 が、餓死するほど酷くない。 病気の手当を受けられず、死ぬ程でもない」

師団主計課長の渡辺一穂主計少佐が、苦々しげに言う。 彼は何年か海外公館での外交任務に就いていた経験がある。 主に英国と北アフリカ諸国だ。

「前線国家は、どこも同じようなものだ。 ロンドン北部郊外の違法難民キャンプへ行ってみろ、日に数十人規模で餓死者や病死者の死体が、無造作に投げ捨てられている」

何人かの佐官が、同意を示して頷く。 いずれも海外勤務経験を有する、20代後半から30代半ばの、士官学校や各種専科軍学校を卒業して10年から14、5年を経たベテラン達だ。

「ふん、『殿下の意向を蔑ろに』か・・・あれか? 佐渡島や鉄原からの、BETAの飽和上陸侵攻防衛よりも、『憐れな民たちの保護を』と言うやつか?」

「日米安保の再交渉にも、難色を示していたと聞くな。 絶対反対と言う訳ではないようだが。 いずれにせよ理想で飯は食えんし、腹も膨れん。 綺麗事で生き延びる事も出来ない」

最前線の野戦将校、それも経験を積み、多くの部下達を従える佐官級の将校故に、視点が国家防衛に偏る事は否めない。 が、それを差し引いても、彼らの言葉は『現実』だった。

「それよりもだ。 この先どうなる? 一部の跳ね返りとは言え、立派に『クーデター』だ。 しかも政府首班を始めとして、複数の閣僚を殺害。
しかもどうやら、帝都の一部を占拠している様だ・・・どう贔屓目に見ても、陸軍刑法の『反乱罪』、『軍用物損壊罪』、『違令罪』・・・」

「それだけじゃない、一般刑法でも治安維持法の『内乱罪』が適用されるぞ。 首謀者は問答無用で死刑。 謀議参与者・衆指揮者、職務従事者も・・・」

「謀議参与・衆指揮者でも、反乱罪で『死刑、無期、若しくは5年以上の懲役または禁錮』、内乱罪で『無期又は3年以上の禁錮』・・・併せれば最低でも無期。 たぶん死刑だ。
他の係わった者さえ、反乱罪で『3年以上の有期の懲役または禁錮』、内乱罪で『1年以上10年以下の禁錮』 二つとも適用だろうな、15年は食らうだろう、下手すれば無期刑だ」

「それも軍籍・階級ともに剥奪されてだ。 この先の一生涯、恩給も年金も受け取れない。 軍を放り出されて、『地方(民間の事)』でそんな『曰く付き』は、雇ってもらえんだろう」

「本人だけじゃないだろう。 家族親類が存命の場合、もっと悲惨だ。 恐らく、どこの自治会も、反乱者や内乱者の身内を受け入れはすまいよ。
行き着く先は、違法難民キャンプで、死ぬまで泥を啜って生きるしか・・・クーデター参加者の全員が、全くの天涯孤独、身寄りが居ない訳であるまい」

「若気の至り・・・にしては、事が大き過ぎるな。 一時の正義感や悲壮感だけで事を起こすからだ。 それも、自分勝手な思い込みの・・・と言うのは、些か酷か・・・」

彼らにしてみれば、若い将校団の起こした今回の騒擾。 許す気も無ければ、許される事でないと理解もしている。 しかし、同時に思う。
余りに視野の狭すぎる若者たちの危うい純粋さが、残念でならなかった。 BETAとの存亡をかけた戦いしか、教えられなかった若い世代。
この場に居る佐官達も未だ、20代後半から30代半ばの、世間一般ではまだ『若造』から、ようやく脱皮しかかった、或はようやく脱皮した年代に過ぎない。
だが彼らはまだ、日本帝国にとって対BETA戦争が『対岸の(大陸での)戦争』だった頃に『普通の』学校教育を受け、そして軍務に就いた最後の世代でもあった。

1996年の男性徴兵対象年齢の更なる引下げを含む、修正法案可決。 1997年の中国政府の全面撤退(大陸放棄) 1998年の朝鮮半島失陥と、BETA本土上陸。
この辺りで軍に入る前の学校教育を受けていた世代の若者たちは、最早『愛国』と『護国』、この2本柱の教育しか受けて来なかった―――それしか教えられなかった。
今で言えば18歳から21歳、士官学校や各専科学校卒業生で言えば、中尉、少尉の年代の若者達だ。 気難しい表情の佐官達は、その辺りに少しばかりの罪悪感を感じている。

「・・・それもこれも、クーデター騒ぎが鎮圧されてからだ。 差しあたっては・・・正規の命令系統の確立はどうなっているのか、だな」

「今現在の情報では、東部軍管区(関東地方を管轄区域とし、軍管区内の軍隊を指揮・統率)の管区予備から独混(独立混成旅団)が2個、東関東から急派されたと聞いたが・・・」

「相手は第1師団だ。 独混2個程度じゃ、見張り役にしかならん・・・それより戒厳司令部は設置されるのか? このまま東部軍管区司令部が兼任・・・?」

「まさか。 第1師団はそもそも、東部軍管区だ。 反乱部隊を出した東部軍管区司令部は、云わば大きな失点を出した。 そこに戒厳司令部を任せるなど有り得ない」

「なら、軍事参事官の誰かが、か?」

「有り得るな。 大将クラスの参事官で、誰かが勅任されるかもしれないな」

以外に平静な奥瀬中佐、森永中佐、篠原少佐、高谷少佐、渡辺主計少佐。 いずれも内心に不安を抱えている。 が、それを表に出さないだけの分別もまた、持ち合わる年代でもある。


「・・・『このまま進むは亡国、留まるも亡国、ならば改変せよ』 結局、それが亡国への最短距離だ。 それを判っているのか、いないのか・・・」

「判っていないのなら、只の悲劇的英雄願望の馬鹿者だ。 判っているなら・・・どこかの誰かが用意した舞台の上で、必死に踊る道化に過ぎん―――ハンガーに行ってくる」

ポツリと呟いた第152戦術機甲大隊長の長門圭介少佐の言葉に、不機嫌な表情の第151戦術機甲大隊長の周防直衛少佐が、吐き捨てるように言って席を立った。
長年の戦友・僚友であり、親友である周防少佐の後姿を見ながら、長門少佐は少しだけ苦笑気味になった。 そしてTVで『冷静な熱弁』を振う若い大尉を、意識の外に追いやった。





ハンガーへと向かう路上、周防少佐は内心の不機嫌さを押し留めるのに苦労していた。 忌々しいのは、クーデター部隊に対してだけではなかった。

(・・・『軍事社会学における「政軍関係」、それに関するハンチントンの学説と、対するパールマターの学説、ファイナーの研究の比較』か・・・
コーエン教授、どうやら貴方の授業の論議は、正しかったようです・・・今更では、どうしようもありませんがね! くそっ!)

もう6年半以上も昔の話。 まだ自分が帝国軍から国連軍へ出向していた頃の話。 下級士官教育課程で短期留学したニューヨーク大学(NYU)での講義の一幕。
ハンチントンの説に立脚する事に反対する、パールマター説の軍の未成熟さ、将校団の社会的責任の意識も薄さ。 フォイナー説の将校団の社会的責任への無責任さ!

軍と、軍の将校団が専門知識、社会責任、そして団体性を備える事で成立する職業主義は、軍事的安全保障を効率的に達成する事を可能にするとの、ハンチントン説。
それだけでなく、軍が政治的主体となる事を防ぐものであると言う。 ならば―――ならば、今のこの状況をどう説明するのだ!
日本帝国軍は、パールマターの言う衛兵主義・・・いや、団体性が無い革命的軍人の類型だったと言うのか! 何時でも軍による政治介入を許す状態だったと!

(まさかな・・・まさかな、貴様がそれを志向していたとは。 首を洗って待っておけ。 もしその通りならば・・・貴様を殺さにゃならん・・・)










2001年12月5日 0510 日本帝国 千葉県・陸軍松戸基地


「・・・『戦死』は38名。 負傷者81名。 負傷者のうち、軽傷で軍務復帰可能な者は29名、病院搬送者52名です」

師団軍医部長・芝本佳代子軍医中佐の報告に、並み居る師団幹部連が顔を顰めた。 本土、それもホームベースである基地内での戦闘による被害としては大きすぎる。
軍医部長の報告に続き、師団G3( 第3部長(作戦・運用・訓練))の三浦多聞中佐が、報告書片手に幹部連に向け、被害の詳細を報告し始めた。

「人的被害は第15後方支援連隊に集中しました。 丁度、夜間訓練第2陣の発進準備中でした。 第2整備大隊戦術機甲科直接支援隊の死傷者が目立ちます。
死者38名のうちの21名、負傷者81名のうちの49名が、第2整備大隊から出ております。 他に第1整備大隊の通信電子整備隊、通信大隊、施設整備隊などです」

次に師団作戦主任参謀の元長中佐が立ち上がった。 主に戦闘部隊の人的・物的損害についての報告だった。

「・・・衛士の死傷者は、第151が戦死1名、負傷1名。 第152が戦死2名。 第154は府中基地への牽制攻撃の途上で帰投したため、損失無し。
第153、第155、第156の3個戦術機甲大隊は、奇襲攻撃当時は全員がブリーフィング中だったこともあり、死者は無し。 ただし軽傷者が5名・・・」

他に、基地防衛戦闘に参加した部隊の内、87式自走高射機関砲が5輛、完全撃破されている。 機械化装甲歩兵連隊から戦死者3名、負傷者9名。

次いで、最も損害の多かった第15後方支援連隊の連隊長・柏葉清次郎中佐が立ち上がった。 戦術機を始めとする、正面装備の損害報告だ。 誰かが息を飲む音がした。

「・・・戦術機の損害、第151大隊は全損1機、中破2機、小破2機。 第152の2個大隊、全損2機、中破1機、小破3機。 併せて全損3機、中破3機、小破5機」

1個大隊は3個中隊と1個指揮小隊の40機編成。 第151大隊は残数35機、第152大隊は残数34機。 13%から15%の損失を負った。

「第154大隊は損失無し。 但しこの3個大隊はハンガーを半壊された際に、予備機を5~6機失っている。 第151と第152は各5機、第154は6機」

各大隊は定数の他に予備機として12機を保有している。 これで3個大隊の予備機は半減となる。 第151と第152は死傷した衛士の不足を込みで、可動機は大隊定数ギリギリだ。

「次に第153、第155、第156大隊・・・いずれも戦術機をハンガー内で最終チェック中に攻撃を受けた結果、多大な損害となった。
第153大隊は全損・大破16機、中破7機、小破9機。 第155大隊は全損・大破14機、中破8機、小破5機。 第156大隊は全損17機、中破5機、小破6機・・・」

予備機を含め第153大隊は可動機16機。 第155大隊は可動機15機。 第156大隊は可動機14機。 3個大隊で45機、辛うじて定数装備の1個大隊にしかならない、大損害だ。
現在の第15師団戦術機甲戦力は(衛士込み)、第151大隊と第152大隊が各38機、第153大隊が16機、第154大隊は定数の40機、第155大隊は15機、第156大隊が14機。
第154大隊の予備機の残り6機を充当したとしても167機、本来ならば40機定数の6個大隊・240機が常備戦力である第15師団としては、辛うじて7割に達しない。

「・・・戦術機甲戦力は、事実上の『全滅』判定です。 次に戦闘装甲車両ですが、これは87式自走高射機関砲が5輛全損の他、目立った損害は有りません。
戦車、自走砲、装甲戦闘車、装輪装甲車・・・『敵』はもっぱら、移動力・展開能力の高い戦術機を集中して叩いた様です。 次に各施設の損害状況ですが・・・」

そこで連隊長に変わり、第15後方支援連隊施設工兵大隊長を務める、草場信一郎少佐が立ち上がる。 下士官からの叩き上げで、30代半ばで少佐まで上り詰めた男の表情が硬い。

「戦術機整備ハンガー損傷61%、発電機施設損傷53%、燃料タンク損傷44% 整備・工作場損傷35%、通信施設損傷37%、兵站倉庫損傷35%、物資損失31%・・・
事実上、我が松戸基地は『開店休業状態』となっております。 基地機能の仮復旧は75時間後、完全復旧は・・・補給物資の搬入次第です。 順調にいって、約3週間です」

師団長以下、誰も声が出ない。 松戸基地は事実上、『壊滅』されたのだ。 だが―――だが、ここで負傷を押して会議に出ていた第15師団長・竹原季三郎少将が口を開いた。

「・・・A(第1)旅団長、緊急展開に要する時間は?」

「1個旅団ならば2時間以内。 残存する全戦闘兵力ですと、6時間以内」

A(第1)機動旅団長・藤田伊与蔵准将が即座に答える。 A(第1)機動旅団の戦術機戦力は、第151と第154大隊。 辛うじて定数一杯を満たした機動戦力を展開できる。

「R(第3機動旅団)を一時解体し、B(第2機動旅団)に吸収します。 Bの主力戦術機甲戦力を第152とし、第153、第155、第156を予備中隊とします。 荒蒔は頂きます」

第153大隊の残存16機を部下の中隊長に指揮させ、大隊長でありかつ、最先任戦術機甲大隊長の荒蒔中佐を、旅団参謀として引き抜く。 その許可を求めた。
ちらりとB(第2)機動旅団長の名倉幸助大佐に視線を移し、次いで藤田准将に対して頷いた竹原少将。 R(第3)機動旅団長の佐孝俊幸大佐は重傷だ、一時解体も止む無し。

「よし、未だ正規の命令系統は確立されておらんが・・・我々は『東日本全般の脅威に対する即応部隊』だ。 今の現状、放置してはBETA侵攻時の『脅威』となり得る。
A(第1機動旅団)は速やかに出撃、高田馬場から早稲田一帯にかけて展開、周辺を封鎖。 B(第2機動旅団)は支援部隊を連れて、成増(陸軍成増基地・帝都練馬区)だ。
第14師団が動く、受け入れ準備を進めろ。 その後にA(第1機動旅団)と合流、統一指揮は藤田君、君が執れ。 副師団長、君は基地機能の復旧に全力を挙げろ・・・」









2001年12月5日 0515 日本帝国 帝都・東京 皇城


「―――こちらです、閣下」

まだ夜明け前。 帝都が未だ驚愕の衝撃の最中にあるその時、皇城に1台の目立たぬ車が乗り入れていた。 その車から降りた老人が一人、侍従に先導されて皇城内に入る。

「―――他の方々は?」

「はい。 皆様、御参集にて」

「そうか。 お待たせしてしまったかね?」

「―――『万難を排し、参集したる朕が重臣、心強し』 主上(皇帝)の御言葉でございます」

その言葉に無言で頷き、実は意外に質素な(と言うより、質実剛健な)皇城内の赤い絨毯の上を歩きながら、当代の元老の一人、先代崇宰公爵家当主・崇宰義慶は歩を早めた。
やがて一室に通される。 すると室内に先着していた者達―――いずれも老齢で、しかしながら尋常為らざる存在感と威圧感を発している―――が、その姿を認め、目礼した。

「―――御老公、斯様な参集に応じて頂き、恐懼に耐えませぬ」

この場の招集者である、内大臣・石川倉之助が頭を下げる。 彼は士族でもなければ、勿論、摂家に繋がる門流出身の武家貴族でもない。 公家貴族の筋でもなかった。
ましてや閣僚の経験すら無く(有能な官吏では有った)、しかも庶民の出である石川内府であるが、軍部や政党と一定の距離を置く、穏健派で謹厳実直な人柄が皇帝の信頼を得ていた。

「この場に御参集の閣下方には、今後の大方針を早急に纏められ、主上(皇帝)に上奏して頂きたく」

並み居る老人たちは、これまた黙って頷いた。 何度も言うように、只の老人たちではない。 元老・崇宰義慶、松方兵衛、大久保伸吉、岡田藤介。 
更には重臣会議のメンバーである、米内受政、奥村礼次郎、宇垣杢次。 更にはこれも皇帝の信頼篤い、侍従長・鈴木由哲。 そしてこの場の主催者の内大臣・石川倉之助。

松方、大久保、岡田の3名は首相と他の閣僚を歴任し、日本の政界に君臨する元勲達である。 崇宰の老公は、永く元枢府議長を務め上げてきた。
そして米内、奥村、宇垣の3名もまた、過去に首相を務め、また他の閣僚経験もある(米内・宇垣は国防相)『重臣会議』のメンバーだった(他に3名いるが、この時点で安否不明)
国内の政軍官界の頂点にして、宮中良識派の『宮中グループ』を形成する老人達である。 つい数時間前に生起した大事件に接し、皇帝からの諮問に対し上奏する。 その為だ。

「まずは榊首相の死亡。 これは間違いない」

軍部、それも陸軍出身である重臣・宇垣杢次が残念極まる口調で報告する。 未だに軍内部、とりわけ陸軍内部に大きな影響力を有する人物だ。

「こちらでも確認した。 他に高橋君(蔵相)、林君(国防相)、槙島君(内相)もだ」

こちらも、海軍部内に未だ絶大な影響力を有する重臣・米内受政が、もっそりした口調で告げる。 『六相会議』メンバーの内、4人が凶弾に倒れた。

「ではまず、大方針であるが・・・」

元老の大久保伸吉が、他の者達を見回しながら言う。

「後継内閣、暫定内閣は成立させぬ事。 これで宜しいな、方々?」

元老・重臣達が一様に頷く。 日本帝国に於いて『元老』、『重臣』とは、政威大将軍とは違った立場で、皇帝よりの諮問に答えて、上奏する(上奏出来る)立場の者達である。
具体的には、国家の主権者たる皇帝の諮問に答えて、内閣総辞職の際の後継内閣総理大臣の奏薦(大命降下)、開戦・講和・同盟締結等に関する国家の最高意思決定に参与する。
その上奏に対し(形式の上で)皇帝は政威大将軍に対し、勅令を下す。 そして政威大将軍は、自らの帷幕に諮り参議させ(内閣による輔弼=実質的に内閣が政治を行う)公布される。

元老は法制上にその定めは無いが、勅命により元老としての地位を得た者達。 そして重臣は内閣総理大臣経験者から勅命を受けた者と、枢密院議長である。
現在では重臣による『重臣会議』で決議された事項を、『元老会議』で追認し、皇帝に上奏する方法がとられている。

「・・・政威大将軍の親政など、憲法改正なくば、成り立たん。 その手先となり得る者達による後継内閣・臨時内閣の成立は、これを認めぬ」

元老・松方兵衛が重々しく言葉にした。 如何にクーデターを起こそうとも、まずはこの『宮中グループ』を押さえない限り、クーデター部隊の主張は絶対に通らないのだ。

ここに、日本帝国の特殊な政治体制が現れている。 日本帝国憲法は、その昔のプロイセン型の立憲君主制が採用され、議院内閣制は採用されていない(議会は存在する)
そのため、政権を安定させるには、政府は議会第一党および多数の議席を保有する政党との連携が必要となるのだが。

『大正デモクラシー』の時代には、普通選挙による護憲派の政党内閣が『憲政の常道』として定着した。 しかし、議院内閣制は憲法の規定に基礎を持たず不安定であった。
そして軍部や枢密院、官僚などの勢力は、政党内閣の政権下でも依然として大きな政治的発言力を有しており、政党内閣による政権運営に介入していた。

政党内閣に追い打ちをかけたのが、1930年代の困難な時代に、『憲政の常道』は国内外の混乱を切り抜ける事が出来なくなった事だ。
その結果、軍部、官僚、国家主義団体などを中心に政党政治への不満が高まり、世論の反対も大きくなってゆく。 その結果、1930年代後半に政党内閣は終わりをつげた。

そして第2次世界大戦後の1950年代に入り、日本は独自の政治制度を作り上げる。

立法権と行政権を厳格に独立させ、行政権の主体たる内閣(内閣総理大臣)と、立法権の主体たる議会を、それぞれ個別に選出する政治制度である。
その特徴としては、内閣総理大臣は議会選挙からは独立した、皇帝の勅命により選任されること。 原則として内閣総理大臣は任期を全うすること。 
更には内閣(内閣総理大臣)には議会解散権が与えられていないこと。 内閣には法案提出権がないこと。 議員職と政府の役職とは兼務できないこと。 などだ。
(ただし内閣には、政府法案の提出あるいは勧告権、内閣令などの行政立法権、法案の拒否権や遅延権、非常事態宣言や戒厳令などの非常権限などが与えられている)

この形はアメリカの大統領制度の特徴を、かなり取り入れている。 大きな違いは、大統領は実質的な国民選挙にて選出されるが、日本帝国の首相は『勅任』によって任命される。
これは日本帝国の政治体制の特徴のひとつ、『政威大将軍』制度も関係している。 形式上、皇帝の『勅命』を受けた政威大将軍が、首相を『任命』する形が帝国憲法に定められている。

大正時代の政党内閣時代、元老達は議院内閣制に好意的な者が多かった。 結果、議会与党から選出された首相候補(党総裁)が元老会議の信任を受け、皇帝から勅命が下されていた。
しかしながら、大正時代の政党政治は次第に混乱の度合いを増す。 それは政治資金の巨額化に伴う、選挙資金を得るためという政治腐敗の増加の形で顕著に表れた。
その教訓から、議会内閣でもなく、挙国一致内閣でもない、日本帝国独自の『勅任制内閣』が誕生した(成立の思想的には、挙国一致内閣に近い)


「・・・先ほど・・・」

それまで無言であった、元老・岡田藤介が眠たげな表情で口を開いた―――眼の光は、強烈だった。

「先ほど、主上へ拝謁を賜った。 主上はこう申された―――『朕が重臣を不法に殺めし『賊軍』に対し、朕は帝国とその民に代わり、卿らに正道を正すを望む』と・・・」

「・・・賊軍・・・」

誰かが小さく呟いた。 『賊軍』と―――これであの若者たちの運命は、定まった。






「―――御老公」

元老、重臣らによる内々の、そして国家の大方針を決定する重大な秘密会議が終わったのち、部屋に残っていた元老・松方兵衛が、同じく居残った元老・崇宰義慶に重々しく話しかけた。

「禁衛師団が、皇城域への展開を完了いたしましたぞ。 現在は半蔵門付近で、賊軍との睨み合いですな。 
帝都城の方は、斯衛第2連隊を城代省が動かしたようですな―――御老公、皆の前では聞きませなんだが・・・斑鳩の事、萬宜しいか?」

「ふむ・・・」

齢80半ばを超え、なおも矍鑠としている老摂家の大貴族の老人は、暫く天井を見上げ―――宙を見ているような仕草の後、ポツリと言った。

「ふむ・・・最悪の場合、当主を隠居させるつもりじゃよ。 あの者(斑鳩崇継公爵、現斑鳩家当主)の下に、妾腹じゃが弟がおる。
門流(家臣筋の家々)の反発も、洞院(洞院信隆伯爵、斑鳩家重臣筋)を潰せば、のう・・・醍醐と三條(醍醐伯爵家、三条伯爵家、斑鳩家重臣筋)は、支持しよう」

「確か・・・醍醐家は九條家(五摂家・九條公爵家)門流の・・・菊亭家の娘を貰っておりましたな。 三条家は斉御司家(五摂家・斉御司公爵家)門流の冷泉院家から・・・」

五摂家の九條家は財界に強く、自家もまた財閥を形成する。 その門流家もまた、主家の流れの企業群を支配する『大財閥支配下の、中小財閥』を形成している。
また、同じく五摂家の斉御司家は国外の王族・貴族との繋がりが深く、外交に強い家柄であり、その実、外交権益(ODA含む)に手を染めている家である。
様は『金回りの良い』摂家である。 現実の政治権力の掌握には早々に見切りをつけ、日本帝国内の様々なパワーバランスの中に己の居場所を得て、『現実を謳歌する』家である。

逆に『政治の煌武院』、『軍事の斑鳩』と呼ばれる二家は、現実的な『権益』を持たない。 昔ながらの武家支配の原理『権有れど、財少なし』を掲げる家々であるが・・・

「醍醐も三条も、台所(財政事情)は火の車よ。 かと申して、主筋の煌武院も斑鳩も、貧乏具合では似たり寄ったりじゃ。 門流筋を助ける財力は無いでの」

「娘を輿入れさせ、財政援助を行い、最後は家の主導権を握る。 まあ、あれですな。 古今東西、使い古された手ですがな・・・」

「古今東西、使い古されておると言う事はじゃ。 それが実に有効な手じゃと言う事じゃよ。 武家だ、摂家だ、貴族だと言うてもの。 食わねば腹は減る。 今の時世、尚更の」

最終的には、今回のクーデターを利して権力の簒奪を目指す(その筋書きをしている)重臣の洞院伯爵家を潰し、権力への強い志向傾向がある現当主を退かせる。
代わりに、才覚では異母兄に及ばぬ、との評価だが、誠実・温和な人柄で権力への野心が少ないと称される妾腹の異母弟を、新当主に据える。
その為の斑鳩家内の内部工作は、洞院家と並ぶ旧家老筋の有力武家(門流筋)の醍醐伯爵家と三条伯爵家を、『こちら側』寄りの内諾を得る事に成功した二摂家。
自家の有力門流家の娘を嫁がせる事で、他家の二つの重臣家の内部権力を握る。 醍醐も三条も、事の終わった暁には、現当主を支持しないだろう。 両家の財政はこちらのモノだ。

「摂家も、気苦労が多い事ですな・・・」

「もう100年前の昔では、無いのじゃよ。 儂らが生き残る・・・その為には、世の裏の泥を被らねばの。 尊き御一族が『象徴』の道を、お選びになられたと同様・・・
儂らは『藩屏』・・・御一族には絶対に汚れが付かぬよう、その身になり替わり世の汚れ・・・猜疑と疑惑、不平と不満、それを被ってこそ初めて、この国で生きてゆけるのじゃよ」

最早、現実政治には係われない。 この国の流れがそれを許さない。 流れに逆行すれば、それこそ歴史が語る栄枯盛衰の末路となるだろう。

「・・・それもこれも、まずは、あの者達との繋ぎを取ってからよの」

「帝都には、賊軍の手勢が広く散っております。 今動くのは危険ですな」

まずは『統制派』 軍・官の上層に勢力を有する主流派。 彼らとの連絡を回復し、維持することが先決だった。

「斑鳩・・・洞院も、恐らく陸軍の間崎も、儂らが皇城に避難しておる事は存じまい」

「真っ先に身柄を拘束されるか、最悪は殺されると覚悟しておったのですがな・・・」

「間崎辺りはその積りじゃったであろうが・・・若い者たちは、どこまで理解出来ておったかのう・・・」

そう。 政威大将軍さえ押さえれば良い、そういう訳では無かったのだった。

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クーデター編 騒擾 1話

クーデター編


2001年12月5日 0212 日本帝国 千葉県 陸軍松戸基地 第15師団


「Seraphim three-ten , Tower, Cleared to taxi runway nine zero.(セラフィム3-10号機(第3中隊10番機)へ、地上管制塔より、滑走路90へのタキシングを許可)」

『Tower, Seraphim three-ten , Roger』

深夜の、そして突然の夜間訓練。 既に2個大隊(151=ゲイヴォルグ、152=アレイオン)が発進している。 今は154大隊(セラフィム)が全機発進完了間際だ。

「Seraphim three-ten , Tower, you are cleared for takeoff.(セラフィム3-10号機へ、管制塔より、離陸を許可)」

轟音を上げて跳躍ユニットの推力を全開で、夜空に向かって飛び立つ『不知火壱型丙Ⅲ(TYPE94-1E)』 1998年より改修と言う名の改悪を繰り返してきた機体。
しかし3年目にしてようやく、現場のベテラン衛士達をして『戦場の蛮用に耐えうる』との評価を得られる程度に、改善が為された。
アラスカでのXFJ計画、『不知火弐型』のロールアウトは3か月ほど前であるが、その後の大規模テロ発生など、不確定要素がたたり、未だ帝国陸軍へは引き渡されていない。
『不知火壱型丙Ⅲ』は、『不知火弐型』までの繋ぎの機体として改良が為された機体だが、大方の予想を裏切り、現場・前線の満足いく機体に仕上がった事は、嬉しい誤算だった。

それまでの『不知火壱型丙Ⅰ/Ⅱ(TYPE94-1C/N)』の極端にピーキーな機動特性(C型)、機体稼働時間低下(燃費の悪化・N型)に対する回答が、十二分に為された機体だ。
ひとつはXFJ計画の『副産物』と言える、ロータリーエンジン搭載型のAPU(補助動力装置)、これをボーニング社から『多額の』ライセンス料で生産・供給が可能となった。
そしてもうひとつは、完全に帝国軍第1技術開発廠(陸軍担当)と、機械メーカーの合同プロジェクトの結晶、永久磁石同期発電機の開発成功だった。

これにより、壱型丙Ⅰ/Ⅱ(1C/N)で大型化した機体ジェネレーターは、逆に初期型の壱型甲(TYPE94-1A/B)に搭載していたジェネレーターより小型化を実現できた。
出力は1C/Nに対して8%向上している(1A/Bに対して24.2%向上) そしてそれまで完全なアンマッチだった、専用OSと燃料・出力制御系のプログラムも改善された。
実はOSの問題と言うよりも、それを搭載するCPUの能力不足が大きな問題だった。 その問題は2年前に、ひとつの出口が見つかっていた―――『ダイヤモンド半導体』である。

1999年、日本の国立研究所と日本企業の連合体が、この技術を確立させた。 そして翌2000年初頭、ダイヤモンド半導体の基盤となる大型単結晶基板を作る事に成功する。
そして2000年末、ダイヤモンド格子に欠陥を与えずに、ホウ素イオンなどをドープする技術を確立させていた。 現在は主に軍事技術として、帝国軍内に広まりつつある。
帝国の産・軍技術陣は総力を挙げ、この『ダイヤモンド半導体』と、従来確立させていた『ボール・セミコンダクタ(3次元球面集積回路)』との融合を、一応ながら完成させた。

『ダイヤモンド半導体』は、従来の『シリコン半導体』に比べて数十倍から数百倍の大幅な高速化が可能であり、耐熱性や耐久性も極めて優れている。
また、宇宙空間の様な過酷な環境下でも、まず間違いなく確実に動作する。 そして『ボール・セミコンダクタ』は、回路表面積は従来の平面基盤の4~5倍である。
大出力ジェネレーターと、燃料・出力制御系の改良された専用OS/プログラムの搭載を実現した高速処理演算機、コンパクトで大容量送電が可能な電力ケーブル、高周波フィルタ。
これにより『不知火壱型丙Ⅲ(TYPE94-1E。 1Dは試験機)』は、極端にピーキーな機動特性と機体稼働時間低下と言う『2重苦』から解放されたのだ。

近接格闘能力や生存性が初期通常型(1A/B)に比して格段に差があり、稼働時間は壱型丙Ⅰ/Ⅱに比して大幅に延長し、機動特性も初期型の『素直な』特性に戻った『壱型丙Ⅲ』
現在では生産数も軌道に乗り、月産60機の生産数を確保している。 2001年の年初から生産が開始され、既に約600機以上が生産・配備されていた。
主に第1線師団を中心に配備が進められている。 即応部隊の第10、第15師団、北関東絶対防衛線主力の第14師団が、この機体を受領していた。


「よし・・・154は全機発進だな。 次は?」

「0350から、第2陣の訓練開始だ。 153(ユニコーン)、155(ケルベロス)、156(イシュタル)の順だ」

コーヒーカップの代用飲料を啜りながら、管制官が管制塔のボードに記されたタイムスケジュールを確認する。 訓練は1時間ずつの2交代で行われる予定だった。
師団管制官達が皆、深夜の超過勤務労働に、やれやれと言わんばかりの口調だ。 戦場では超過勤務どころか、24時間体制であるが・・・

「せめてホームベースでは人並みの勤務をしたい、と言うのは人情だろう?」

「しかし、どうして今夜になって?」

「知らんよ。 管制本部でも、首を傾げることしきりだ。 師団長か、副師団長・・・そのあたりに聞けば?」

「聞けるかよ・・・」

抜き打ちの緊急呼集。 そして予定に無かった全戦術機甲部隊の夜間訓練(松戸基地は同時に戦術機甲部隊の基地だ) 今頃は機甲部隊や砲兵部隊でも、てんやわんやだろうか。
衛士連中も寝耳に水だったらしく、某悪所に繰り出していたらしい第151大隊の八神大尉(第2中隊長)などは、香水の匂いをプンプンさせながら、不機嫌そうに帰隊していた。

「大隊長連中も、半分は訝しげだったな」

「間宮少佐や有馬少佐も、不思議そうだったが・・・佐野少佐なんか、八神大尉と一緒に『どうして、あと1時間待ってくれなかった・・・!』とか、言っていたっけな」

「生殺しか。 ご愁傷様だ」

「その割には、古参の大隊長たちは、妙に表情が硬かったぞ?」

「そう言えば、あの周防少佐や長門少佐が、深刻な顔をしていたな。 荒蒔中佐は、何か考え事の様な顔だった」

「何かあるか・・・?」

「うん・・・」

そんな会話の最中だった。 それまでルーチンワークとしてレーダーを見ていたRADOP(レーダー操作員)が、不思議そうな声を上げた。

「・・・っと、んん? なんだ、これ・・・」

「どうした?」

「はっ! ベクター3-0-5より、高速移動体、多数接近! これは・・・戦術機です」

「戦術機? 発進した151(ゲイヴォルグ)か、152(アレイオン)でなくて?」

「はい。 151も152も、ベクター0-3-5に向けて飛行中です。 154も続行しています。 待って下さい・・・でました、府中の3rd-TSF・Rg(第3戦術機甲連隊)です」

「3連隊だぁ?」

府中市の陸軍府中基地には、最終防衛線を守る第1師団に属する、第3戦術機甲連隊が展開している。 実の所、『第1戦術機甲連隊より戦場慣れしている』と言われる精鋭部隊だ。
その第3戦術機甲連隊所属の3個戦術機甲大隊が、なぜかこちらに向かっている。 北関東の演習場に向かうのであれば、方向が90度違っている。

「おい、今夜、こっちに3連隊が来る予定はあったか?」

「いいや? 明後日に相馬原の14師団(臨時駐留)の3個大隊が、先遣隊で来る予定はあるけどな・・・?」

この時の第15師団管制部を、『怠慢』の一言で片づけるのは、いささか酷であったろう。 BETAを国内(佐渡島)に迎えているとは言え、ここは関東。 その中心部なのだ。
ましてや、接近中の戦術機は同じ帝国陸軍、友軍部隊。 同じく帝国陸軍の頭号師団、第1師団の所属機なのだ。 もしかすると、第1連隊(練馬基地)への移動かもしれない。

「おい、通信。 一応、誰何しておけ。 練馬への道は、もっと南ですよ、ってな」

「了解です」

通信員が苦笑気味に応じたその時、RADOP(レーダー操作員)が悲鳴の様な声を張り上げた。

「熱源体、高速接近中! 誘導弾です! 向かってくる、多数!」

「何ぃ!?」

管制官たちが外を―――西の夜空を見たその時、無数の光が高速で迫ってくるのが見えた。 そして次の瞬間、その無数の光は基地に落ち、連続した爆発音とともに、紅蓮の炎となった。





「被害状況!」

誘導弾が着弾した瞬間、第15師団最先任戦術機甲部隊指揮官である第153戦術機甲大隊の荒蒔中佐は、衝撃で執務室の椅子から投げ飛ばされた。
衝撃波で粉々に割れる窓ガラス。 そして爆発音。 続いてあちこちから聞こえる悲鳴と怒号。 不意に室内の電灯が消える。 間違いない、攻撃だ。 詰まる所・・・

(・・・先制拘束は、失敗したのか・・・)

第15師団の大隊長クラスで、『その事』を知っている者は少ない。 荒蒔中佐と、あとは2、3人だけだ。 救いはその少ない事情を知る指揮官たちが2人、既に発進している事。
荒蒔中佐は内心の焦燥を押さえ乍ら、大隊本部―――管理棟に急いだ。 そこには小規模ながらも、通信設備がある。 内外とも連絡を取り合える。

「第4、第5ハンガーに直撃弾多数!」

「整備班に負傷者! 救急隊はまだ動けません!」

「第6ハンガー、半壊! 戦術機、多数破損!」

「第1燃料タンクに直撃弾! 大規模火災発生!」

「第1、第2発電施設、損傷!」

最初に飛び道具(戦術機)と燃料・動力源(燃料タンクと発電施設)を叩いたか。 くそ、連中、手際が良い。 そうか、第3連隊にはあの男が居たな、久賀少佐が・・・

「予備発電に切り替えろ! 師団司令部はまだか!?」

「師団司令部、出ました!」

大隊本部の通信員が、受話器型の通話機を差し出す。 それをひったくるように受け取ると、荒蒔中佐は少しだけ声を落ち着けて応答した。

「153大隊、荒蒔中佐」

『―――荒蒔か? 藤田だ』

第15師団第1(A)戦闘旅団長・藤田伊与蔵准将だった。 

「閣下、御無事で?」

『俺と名倉(名倉幸助大佐、第2(B)戦闘旅団長)、それに熊谷さん(熊谷岳仁准将、副師団長)は、取り敢えずな。 師団長(竹原季三郎少将)が負傷された。
軽傷だが、念の為に軍医長に来てもらった。 佐孝(佐孝俊幸大佐、第3(R)戦闘旅団長)が誘導弾の破片を腹に喰らった、重傷だ。 参謀長の河原田(河原田仁大佐)もだ』

師団長と参謀長、そして第3戦闘旅団長が負傷。 第3旅団長と参謀長は重傷の様だ。 他にも軽傷の幕僚が数人出たらしい。

『―――連中、手際が良い。 本部通信隊は壊滅状態だ。 TSFは?』

「・・・153、155は3割以上、地上撃破されるでしょう。 156は半数が第4、第5ハンガーでしたので・・・」

『くそっ、156は壊滅か。 153と154も、全滅判定・・・やられたな!』

通信機の向こうから、藤田准将の忌々しげな声がした。 『敵』はまず、レーダーと通信、そして発電施設に燃料庫を叩き、そしてハンガー内で無防備の戦術機群を叩いた。
それも問答無用でだ。 こちらの連中にしてみれば、まさかの友軍による奇襲攻撃。 『誇り高き』第1戦術機甲連隊なら、まず行わないだろう、戦場慣れした攻撃だった。

「指揮しているのは、多分、久賀です」

『―――あの男か・・・151と152、それに154を至急、呼び戻せるか?』

その問いに、荒蒔中佐は脳裏でチラッと彼我の位置関係を描いてみた。 151と152、それに154の3個大隊は発信して未だ数分から10数分だ。 

「出来ます。 それと154は、北から府中との間に入れて連絡線を絶たせます。 流石に久賀と遣り合うには、間宮(第154戦術機甲大隊長)では、荷が重いですので」

『―――数は151と152でも、相手の2/3だぞ?』

「壊滅は出来ません、無理です。 ですが実質の相手は、1個大隊だけです。 引かせる事は十分可能です」

荒蒔中佐の言はつまり、第151大隊と第152大隊の2個大隊で、第3戦術機甲連隊の3個大隊に拮抗し得る。 注意すべき相手は、久賀少佐指揮の1個大隊であると。

『―――よし。 責任は俺が持つ。 やれ、荒蒔』

「了解しました」

『極秘事前情報』を得ていた2人の高級幹部の会話。 阻止し得なかった軍部上層部への、かすかな不信。 
しかし彼らは職業軍人だった。 それから数分後、能う限りの最大出力で発信された、松戸基地からの通信文。

『―――我、松戸基地。 奇襲を受ける、被害甚大。 『敵』は第1師団。 これは演習に非ず。 繰り返す。 これは演習に非ず!』





120機もの戦術機の群れが、漆黒の夜空で大規模な編隊飛行を行っている。 1990年代初頭から半ばまでの、ベテランが十分に存在した頃なら、珍しくない光景。
しかし、1998年のBETA本土進攻を機に、1999年の明星作戦と、経験豊富なベテラン衛士が次々に命を落としていった現在では、余程の精鋭部隊でなければ不可能。
本土に敵を迎え撃つと言う事は、安全な後方が無い―――訓練を十分に行えないことを意味する。 ベテランを失った補充は、いつも経験不足の新米たちばかり。
そしていきなり実戦に投入された新米は、右も左もわからず、あっという間に死んでしまう。 そしてベテランもまた、疲労と数の不利に晒され、普通なら死なない状況で死んでしまう。

『―――と言う訳だ。 151と152は全力で基地に反転。 『敵』を引かせろ。 154を府中との間に入れて、連中の連絡線を搔き回せ。 できるな、周防?』

基地からの通信に、最小限度の照明と機器の発光だけに照らされた若い顔が歪む。 網膜スクリーンに投影された、調光された外部の夜景の向こうを睨みながら、簡潔に答えた。

「・・・随分と、楽しい状況です。 C4Iは生きています、出来ます」

『―――よし、5分だ。 5分以内に攻撃を開始しろ』

「了解」

時間にしてほんの2、3分。 その間に基地と演習場への途上にある2人の指揮官たちは、現状を把握し、対応を検討し、決定した。 周防少佐はそのまま、部隊間通信回線を開く。

「“ゲイヴォルグ・ワン”より、“アレイオン”、“セラフィム” 聞いての通りだ。 COP(共通作戦状況図)、CTP(共通戦術状況図)、セット―――全機反転! AH(対人戦闘)用意!」

『“アレイオン・ワン”、了解―――陣形、ダブル・ウィング! 154はベクター3-0-8で、ポイントデルタ01から南下!』

深夜、演習場に向けて飛行中だった3個戦術機甲大隊で、2通の緊急命令が発せられた。 第151戦術機甲大隊長の周防少佐。 第152戦術機甲大隊長の長門少佐。

『―――154より151! 152! どういう事です!?』

最後任指揮官の第154戦術機甲大隊長、間宮少佐から先任の2人に向け、驚いた声色で確認が飛ぶ。

「聞いての通りだ、間宮! 松戸から受信したな!? 『奇襲を受け、被害甚大。 敵は第1師団、演習に非ず』だと!」

『―――位置関係から、第3連隊だ! 間宮、お前は大隊を率いて、府中との間を遮断しろ!』

『2個大隊で行く気ですか!? 相手は1個連隊―――3個大隊ですよ!?』

「殲滅戦にはならない! 追い払えばいい! 後方の連絡を遮断しろ! 場合によっては府中基地への攻撃を許可する! 先任権限だ!」

『府中へ攻撃!? くっ!―――りょ、了解・・・!』

3個大隊のうち、最後尾を飛んでいた1個大隊―――『不知火壱型丙Ⅲ』が40機、跳躍ユニットを吹かして、夜空に鮮やかな光の細い帯を多数残しながら、轟音を上げて転針する。
残る2個大隊の80機は見事な空中での陣形変換を行い、前後4つの鶴翼陣形を保ち、その場で編隊変針を行った。 昨今、これ程の大機数での編隊運動を出来る部隊は少ない。

『―――久賀か?』

長門少佐が、部隊間通信回線で周防少佐に問いかけた。 それは疑問と言うより、確信の確認、と言ったニュアンスだった。 周防少佐も少し詰まった後、言い切った。

「・・・3連隊の3人の大隊長で、あそこまで戦慣れしているのは、奴しか居ない」

それ以上は2人とも無言になる。 3人は陸軍衛士訓練校の同期生だ。 そればかりでなく、少尉時代から幾度も激戦をともに潜り抜けた戦友で、親友だった。

『・・・躊躇うなよ?』

「・・・お前もな。 奴を補足したら・・・躊躇するな、トリガーを引け。 でないと・・・こちらが殺られる」

互いに力量は判っている。 2対1だと、まず負けはしない。 普通なら。 しかし、向こうは既に一線を越している精神状態だ。 一瞬の躊躇が死に直結する。
長い戦歴の中で、そんなことは骨身に沁みて、体で理解している。 BETA相手の戦闘なら、一切の躊躇はしないし、今更そんな精神状態にもならないだろう。
だが今回は、AH(対人戦闘)で、しかも『敵』は、2人の少佐にとっては、最も親しい同期の期友だ。 北満州、華北、地中海、ドーヴァー。 何度、共に死線を潜った事か。

『―――ドラゴン・リーダーよりゲイヴォルグ・ワン! 大隊長、状況は・・・!』

『―――ハリーホーク・リーダーです! 大隊長、どう言うこってす!?』

『―――クリスタル・リーダーより、ゲイヴォルグ・ワン! 大隊長、部下の動揺が・・・!』

部下の中隊長たちから、しきりに応答の確認通信が入っている。 彼らは何も知らされていなかった。 中隊の部下を叱咤し、戦闘隊形を維持しつつ、彼ら自身も事実を知りたいのだ。

「・・・“ゲイヴォルグ・ワン”より“ゲイヴォルグ”全機・・・」

畜生、どうしてこうなった? どこで道が分かれてしまった? 貴様は何を望んで・・・内心の葛藤を仕舞い込んで、指揮官機―――周防少佐から、大隊全機に命令が飛んだ。

「―――敵は、第1師団。 基地攻撃部隊は、第3戦術機甲連隊。 これより攻撃に入る! IFF、Mode 4 からMode Sに切り替え!」

これにより、2個大隊のIFFは暗号化された質問信号とは別途に、識別信号を設定して個別の戦術機のみから応答を引き出す事になる。
つまり、『味方』だけを認識し、『敵』戦術機を判別する―――BETA大戦下で、まさかこのモードを戦場で使用しようとは。

80機の戦術機が、跳躍ユニットの轟音を響かせ、『敵』を誘導弾の射程内に収めたのは、それから3分20秒後の事であった。





『―――ッ! ベクター0-4-5より、熱源飛翔体、高速接近! 誘導弾です!』

小型種BETAの制圧・掃討にもっぱら使用される、対空自走砲―――87式自走高射機関砲が1輛、36mm砲弾を上面装甲に受け、一瞬後に爆散した。
燃え盛る松戸基地の、戦術機発進路の中ほどで、久賀少佐は部下の報告を聞いた。 周囲はかなり大規模な火災が発生している。 戦術機ハンガー、発電施設、燃料タンク・・・

「・・・奇襲開始から、約6分40秒で本格的な反撃開始か。 早いな、流石は即応部隊」

同時に、発進路周辺の部下の全機に、緊急乱数回避を命じる。 戦術機の誘導弾はASM(空対地ミサイル)であり、SAM(地対空・艦対空ミサイル)の様な迎撃能力は無い。
回避命令と同時に、自分も乱数回避を行いながら、誘導弾が飛来した方向を確認する。 網膜スクリーンに映るFCI(兵力統制情報)によるCTP(共通戦術状況図)は不十分だ。

「・・・通信傍受では、151と152・・・周防と長門か」

厄介だ。 出来る事なら、連中をファースト・ストライクで叩いておきたかった。 偶然か、必然か。 どうやら連中、事前発進をしていたようだ。 情報が漏れたか?

「いや・・・だったら、連中じゃなく、憲兵隊に踏み込まれているか・・・」

つまり、向こうにとっては辛うじて『保険』が間に合ったと言ったところか。 だが2個大隊、こちらの70%弱の戦力―――そうか、奇襲は成功したわけだ。

『―――第1中隊、誘導弾攻撃、1機被弾、爆散!』

『第2中隊、1機大破! 1機中破!』

『第3中隊です! 1機中破、行動不能!』

やってくれる―――中破した機体は、使い物にならない。 一気に4機を失った。 

「―――第2大隊より第1、第3大隊! 目的は達成した、長居は無用!」

『第3大隊より、第2大隊! 即応部隊を迎撃すべき!』

「第3大隊! 第2大隊だ。 ここで消耗すべきでない、連中は精鋭だ。 勝利しても、甚大は損害をこちらも受ける。 事の成就の為、それは許されない」

下手をすると周防か長門か、どちらかの相手をしている間に、残りの第1と第3が壊滅される危険性もある―――久賀少佐の本心は、そうだ。
第1師団の練度は高いが、実戦の駆け引きの経験は雲泥の差がある。 第15師団は全帝国軍中、最も戦場経験の多い指揮官たちに率いられた、紛れもない最精鋭部隊のひとつだ。

「敵戦術機部隊の突入まで、あと15秒! 離脱する!」

連中は実戦経験が豊富だ、つまり負け戦慣れしている。 緒戦の不利を、どう挽回すればいいか、己の命を授業料に散々学んできている連中だ。

「第3、第1大隊、緊急離脱! 第2大隊全機、全力射撃開始! 防御火網を作れ!」

2個大隊の戦術機群が、次々と跳躍ユニットを吹かして離脱を始める。 同時に殿部隊の久賀少佐の大隊が、全機で突撃砲の36mm砲を戦力射撃し、防御火網を夜空に撃ち上げる。
だがその戦術も、猛追してくる2個大隊の指揮官は織り込み済だったのだろう。 見事な夜間編隊飛行を解くや、80機ほどの『敵』戦術機部隊は複数の梯団―――中隊に分かれた。

「ちっ! 躾が行き届いているなぁ! 周防! 長門!」

即座に不利と判断した久賀少佐は、自分の指揮する大隊にも緊急離脱を命じた。 中隊単位で、背部兵装担架に搭載した予備の突撃砲を後方に向けて発射しながら、離脱する。

『くっ・・・! 被弾! 落ちるっ!』

『4番機! デッドシックス!』

『振り返るな! 全力で離脱しろ!』

つい先ほどまで、奇襲による圧倒的な優位を保っていた攻撃側が、一転して背後から狩られる立場になる。 それでも中隊陣形を崩さず、相互支援を保っての離脱は、1師団ゆえか。

「そろそろっ・・・こっちも離脱かっ!」

目前に迫った2機の戦術機の連携攻撃を躱しながら、同時に部下の脱出を見届けた久賀少佐は、いよいよ最後に自分と指揮小隊の離脱を決意する。
周りは『敵』―――第15師団の戦術機が押し寄せつつある。 このままでは包囲殲滅されるだけ。 そう判断し、部下の指揮小隊長に離脱命令を・・・

『だっ、大隊長!』

不意に右前方―――指揮小隊の4番機が爆散した。 まだ18歳の、衛士訓練校を4月に卒業した若者だった。 爆炎の向こうから、3機の戦術機・・・不知火が現れた。

「トライアングルを組め! 強行突破だ!」

『―――させません!』

通信回線の混線か。 相手部隊の指揮官の様だ、まだ若い女の声。

『萱場! 宇嶋! 左の2機を牽制! 機動を止めるな!』

その不知火―――肩部に細い白線が1本、小隊長機だ―――が、地表面噴射滑走で小刻みに進路を変えつつ、高速で迫ってくる。 突撃砲は乱射せず、1回の射撃時間は長くて2秒。

「・・・良い腕だ」

本当に良い腕だ。 状況の判断も良い、戦場で随分と揉まれたのだろう。 だが・・・

「惜しいな、惜しい」

まだまだ、自分を撃破できる腕ではない。 敵の突撃を、噴射パドルの極短時間逆噴射と電磁伸縮炭素帯の絶妙な衝撃吸収で、あっさり躱して体勢を入れ替えた。 
交差の瞬間、突撃砲を放った。 だが敵衛士も、戦場で揉まれた衛士ならでは。 咄嗟にショート・ブーストを仕掛けて離脱を図ったが・・・

『くっ! があぁ!』

『小隊長!』

小隊長機の片脚を突撃砲の砲弾が撃ち抜き、パワーバランスを崩した一瞬だけ機体がよろめく。 目の前のそんな隙を逃すほど甘くはない、これで撃破だ―――視界に影がよぎった。

「―――ッ! くそっ、貴様かっ!」

『―――俺の部下を、殺すなよっ!』

衝突寸前まで接近し、36mm砲弾より大口径の57mm砲弾を叩き込んだ機体。 咄嗟にショート・ブーストで距離を取る。 肩部に太線1本と細線1本―――大隊旗機、大隊長だ。
2機の戦術機が、激突寸前で交差した。 そのままもつれ合うように、高速機動を行いながら飛び去って行く。 お互いに付かず離れず、危険な程の近接距離交戦。

「周防、かっ!」

『久賀っ!』

その距離を保ちながら高難易度の『ダンス』を行って、互いに突撃砲を射撃し、遮蔽物をギリギリで抜け、跳躍し、反転し、射撃し、交わす。 その間距離が開かない。

「俺は、部下を殺されたぞ!」

『久賀! 貴様、ルビコンを渡ったのだろう!? 今更、言うなっ!』

水平噴射跳躍から一気に逆噴射制動、互いの突撃砲(周防少佐機のそれは、近接制圧砲だった)が被弾する。 即座に投げ捨て、背部兵装担架の長刀を取り出す。
サイドステップで機体を回転させた、その慣性力を利した長刀での斬撃、受け止められる。 返す刀での強烈な突きを、咄嗟の垂直軸反転で交す。
そのまま短噴射跳躍、そして逆制動、同時に片肺をカット。 機体制御の慣性力を利して機体を捻り込み、瞬時に相手の背後を取るも駄目、相手も驚異的な垂直軸反転で迫りくる。

『萱場! 北里(北里彩弓中尉、大隊指揮小隊長)を確保しろ! そのまま後退!』

『了解です! 宇嶋! 牽制射撃!』

一瞬、2機の動きが止まった。 と同時に互いが強烈な踏み込みで相手に迫る。 久賀少佐機はそのまま、1本の刀身の如く上段から猛速の斬り下ろしを。
周防少佐機は更に噴式補助主機を短噴射して、後脚のタメを一気に解放しての強烈な突きを入れる―――交差するほんの一瞬前、直前で2機が離れた。 曳光弾が擦過する。

『大隊長! 離脱を!』

久賀少佐の部下の1機が、2人の少佐の戦闘に待ったをかけた。 今は決着をつける時ではない。 久賀少佐は『蹶起部隊』の先任戦闘指揮官として、必要な存在なのだ。

「高殿(高殿大尉)か!? ちっ! 引くぞ!」

跳躍ユニットを吹かす。 どうやら相手は追撃して来ないようだ。 部下の大半は離脱した、そして向こうも僚機が損傷している。 そして自分たちの決着は、そう短時間ではつかない。

『追うな! 周辺警戒! 損害を報告しろ!』

後方に遠ざかる機体、かつての、いや、今でも親しい友人の搭乗する機体から、妙に懐かしく感じる声が聞こえた。 
懐かしいと感じる事に、一抹の寂寥感を感じながら、久賀少佐は機体を離脱させた。 もう、あの声を聞く事は無いだろうと思いながら。









2001年12月5日 0225 日本帝国 帝都・東京 大手町・国家憲兵隊司令部


「・・・確かか?」

「はっ! 軍用無線傍受です。 発信は第15師団。 第1師団は応答せず」

部下の報告に、国家憲兵隊副司令官・右近充陸軍大将は内心で臍を噛んだ。 『完璧』などこの世に存在しない。 だがそれにより近づけさせることは出来る。
つまり―――初手は失敗したのだ。 完全に先手を打たれた。 『対応部隊』の筆頭に予定していた、帝都周辺の最有力即応部隊を潰されたか・・・
恐らく、帝都の中心部へは第1師団の歩兵部隊、そしてそれに呼応する一部部隊が殺到しつつあるだろう。 目標は多岐にわたるが、第1目標は・・・

「―――首相官邸は?」

「警視庁のSPが1小隊。 武装憲兵隊の警護部隊が1個中隊です」

無理だな。 少しばかりの抵抗は可能だが、いずれ殲滅されてしまう。

「・・・官邸の地下脱出路は?」

「無理です。 官邸警護中隊より通信がありました。 第1師団歩兵第1連隊の2個大隊が重包囲中です」

首相は・・・無理だ、諦める。